托鉢ブログ

二日続けて、
奇しくも、「船に乗っていたよ」というお客様に会った。
お一人は、以前このブログに登場した方で、
『俺が死んだら海に投げてくれ』と言ってるんだよの人。
よく托鉢にまわる地域なのだが、
あれ以来の再会である。


今度もまた、『俺が死んだら海に投げてくれ』は変わらなかった。
意志が硬い!!
「子供は納得した顔はしていないんだが」と言う。
散骨については、昨今話題にはなっているようだけど、
まだまだ、少数ではある。


「うちでも何度か散骨していますよ」と言うと、
その方はすこし驚いた表情をみせた。


「かといって、神仏には手を合わせるんだよ。
今日だって、神社に柴を持ってお参りしてきたばかりだよ」
なんとか海峡(ちゃんとした名前を言ったんのですが、ボケぎみの私、忘れてしまいました)
フィリピンと台湾の間にある海峡で、戦時中たくさんの日本人が犠牲になったそうです。
「船に乗っていた頃は、その海峡を通る時はかならず伏し拝んだものだよ」


「じゃカタログ差し上げておきますので」
「この前、もらったからいいよ。ちゃんととってあるから」
「もう少し待っといて」
「終えたら(しまえたら)おたくに頼むから」
本気か挨拶か、そう言われた。


さて、その翌日。
もうひとりの船乗りさん
三年程前からの托鉢で、すこしずつ顔見知りになってきた方。
はじめの頃は、
「まだ死にとなか!」と追い返された。


「ああ、羅漢さんか」
「お仕事中にすみません」
「考えなきゃいかんとは思うけど、
この歳でも二の足踏むな」


日曜大工の手を止めて、話し始めた。


「いや~俺も船に乗っていたから・・」
「遠洋ですか」
「いいや、商船のほう」


「話がはずんでるようですね」
奥さんがコーヒーと椅子をすすめてくれた。


縁とは不思議なもので、
石炭船に乗っていた頃、
私の故郷の炭坑町に石炭積みに来たという。
よほど身近な人しか知らない蠣浦(かきのうら)という地名まで飛び出した。
おまけに、若い頃(私が)いた千葉に長く住んでいたという。
我孫子(あびこ)。なつかしい地名を聞いた。


「まごころサポートクラブ」は置いといて、
昔話(お互いの)に終始した。


「また来ます」
「はい」
ご夫婦で答えてくれた。


俺が死んだら・・の方は私より十歳上。
この歳でも二の足踏むな・・の方は私より二十歳上。
少し、仲良くなれた元船乗りさん。
今後ともよろしくお願いいたします。

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あなたの心に最高の感動葬儀を。   「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

「こんにちは」
「先日おじゃましました羅漢です」
折よく、庭の手入れをしていた奥様に声を掛けた。


「ごめんなさい。通れないですね」
剪定したあとの小枝を片づけながら、
「今日は主人もおりますので」
と、玄関へ案内してくださった。


「おとうさん~お客さんですよ」
「羅漢さんがみえましたよ」
えっ、もうそんな段取になってるんですか!


先日(10月1日)
志摩師吉(しまもろよし)を托鉢した折り、
やはり、庭先におられた奥様に、(奥様とは初見)
「まごころサポートクラブ」の案内をさせて頂いていた。


「2~3日前も、そろそろ考えなきゃと話していたところなんですよ」
「うちは転勤族でしてね」
「北海道を皮切りに、ここに落ち着いて二十年くらいになります」
「お寺も(菩提寺)北海道のほうにあるんですよ」
「家族葬の相談にのってくれるんですね」
「お墓なんかの相談にものってくれるんですね」


そんなことをうかがいながら、
ひとつひとつ、ご説明させて頂いていた。
「主人に話しておきます」
「また、お伺いさせていただきます」
「その時までには・・・」
特に、いつとも約束はせずに、おいとましてしたのでした。


一年程前、一度お会いしていたご主人が玄関に出てこられた。
「カタログは見せてもらったよ」
「嘘はないだろうから・・」
「はい。書いてあるとうりですよ」
「なんか、書類に書くんですか?」
「はい、申し込み用紙に記入していただくだけでいいんです」
「お母さん、あれ用意して」(入会金のことです)
「二~三分待ってください」
言い残して、ご主人は書斎(かな?)に申し込み用紙を書きに戻った。


「羅漢さんはここからどのくらいかかりますか」
「すぐですよ。10分でいきますよ」
「そんなに近いんですか」
「いや~ここは志摩だから、二丈といえば遠いイメージがあったから」


そのイメージを払拭すべく、
この地域を托鉢してきたが、
先輩のTさんの言葉をかりれば、ついに"風が吹いてきた"のだ。


帰り際、すでに庭の手入れに戻っていた奥様に
「ありがとうございました」
「おかげさまで会員様になっていただきました」
と、ご挨拶すると、
「こちらこそよろしくお願いします」
と言ってくださった。


会社に戻ると、
女性のほうのTさんも会員様入会を決めてきたとのことで、
本日、ひとくぎりの目標が達成した。

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あなたの心に最高の感動葬儀を。   「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

暑さ寒さも彼岸までとはいうが
「暑いですね」
「ほんとですね」
そんな挨拶を今日も交わしながらの托鉢です。


思い当たるお宅が数軒あり、
訪問するが留守ばかり。


そんな中、携帯がなる。
老眼を細めて表示を見ると懇意にしている会員のMさん。
「今から出て行きますので」とのこと。
(三回忌のギフトは私がついでの時に取りに来ます。と言ってたわけで)
「はい、お待ちしております」と答え、
会社に戻った。


用件を済ませ、Mさんを見送り、十一時。
しきり直しで、今度は西へ。


「こんにちは」
「お盆の節はお世話になりました」
「ああ、何かうちんとに(奥さんのこと)言いよったことやろ」
(・・・言い寄るではありません)
「どげんですか、そろそろはいっとかんですか」
「あんたがやっさと来るけんはいっとかなやろ」
(やっさととは何回も、わたしの田舎ではごっとりといいます)


この方はお盆になると、ごっとり来て、高級八女提灯を買っていく人で、
羅漢をひいきにしてくださるのです。
このお盆は新たなお客様まで伴って来られたのでした。
もちろんそのお客様も提灯を買って行かれました。


「まあ上がってください」
「金はないけど」といいながら、
申し込み用紙に書き込んで下さった。


奥さんが冷たいお茶をだしながら、
「私たちのためにはいる訳ね」
(次は私たちの番ねという意味です)
「いや、羅漢さんのためにはいるとたい」
とご主人が笑いながらきりかえす。


「はい、私たちも会員様のために誠意をもってつくしますが、
会員様が加入してくださることで、羅漢を支えて頂くことになります」
そう答えると、
ご主人は、真顔に戻り、うなずいてくれた。


そして、
「行ってみんしゃい」
といって、知り合いのお宅を教えてくれた。


さらに午後、
もう一軒思い当たるお宅があり
「こんにちは、またお願いに参りました」
「はいっときましょうかね」
と二つ返事で応じてくれた。
(このお宅もやっさと通ったのでした)


そして夕方、
「行ってみんしゃい」
と教えて頂いたお宅を訪ねると、
あの人が紹介したのならという顔で応じてくれて、
「はいらんでもお宅でするよ」
「はいっとけば、安心ですよ」
「今度ね」
「また来ますから」


そんなわけで
本日、「まごころサポートクラブ」デー でした。


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あなたの心に最高の感動葬儀を 「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

風があるせいか、いくぶん暑さもやわらいで感じる。
今日はいっちょうポスティングに専念するか。
というわけで、三百軒を目標に托鉢に出た。


何度も托鉢している地域なので、ポスティングルートは頭の中にある。
かなり入り込んでいる地域なので、
以前はゼンリン地図のコピーを片手にしていたものだ。


とは言いながら・・
勘というか、ピンポーンを押してみようと思うお宅があり、


「こんにちは羅漢です」
「奥様には何度かお話させていただいております・・」
はーいと出たこられた、始めてお会いするご主人にあいさつをすると、
しばらくパンフレットを眺めていたが、
「おーい」と奥に引き込むと、
奥様と一緒に出てこられた。


「うちの総額プランは、葬儀に必要なものはあらかじめふくまれていますので、
あとで、追加料金を頂くことはありません」
「よく、これは別料金になりますとか言って、結構かかることがあるよね」
などと会話をしながら、
世間話をするうちに、まんざら縁がない人ではないことがあきらかになった。
私のよく知る人より、十年ほど年が上という。


「えっ、じゃ八十になるんですか?」
しばらく、私の顔をしげしげと見ていたご主人が、
「あなたよりは上だろう」などと言う。
「四年生まれだから、八十一だよ」
「私は二十四年です」
「二十年も違うのか」
それって、私は幾つに見えるんですかって話だよ。
(五十位に見えたり、七十位に見られたり・・こまったもんだ)
「六十といえば、バリバリ働いていたよね」(うちの人はという意味)
傍でそそと控えていた奥様が会話の中へはいる。


「いや、いつか内容を聞きたいと思っていたから」
「これ、いただいてていいですか」
「どうぞ、」
「また、いつか参ります。考えといてくださいね」
まごころサポートクラブの会員をすすめさせて頂いて辞した。


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あなたの心に最高の感動葬儀を。   「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

前回の投稿からかなり日が経ってしまった。
初盆営業から初盆飾り、片付けと
私たちの暑い夏も盛況のうちに終わった。


ひそかに立てた自己目標までいまひとつ及ばなかったが、
お客様とは懇意になれた。
さらに上を目指すべきと、社長の愛のムチも頂いた。


残暑きびしい折からなどというが、
今年のは残暑とはいえない。
まだ盛夏、とにかく暑い。


言い訳ばっかりしてて、いいわけ。


さて、前回の投稿で、本題に到らずに終わっていました。
その続きです。


一月ぶりに托鉢に出た。
今日は、まごころサポートクラブと年回忌営業でお客様を訪ねた。


なんの気もなしに車を走らせていると、
その方の家の手前で、
「あっ、そうだ。ご挨拶しなくては」と思い立ち、車を寄せた。


「先日からお世話になりました」
「ああ、どうぞ・・」
「忙しくて、ご無沙汰しておりました」
などと、ご挨拶(言い訳)をした。


実は前回ご入会頂いて、
登録証をすぐお届けしたのだが(私に変わって社長が)
「いそがしいだろうから届けといてやるよ」
の言葉に甘えたわけでした。


「こうして、羅漢さんにお願いしましたよと弟にも話してますから」
とその方は言われた。
(子供さんはいらしゃらなくてご夫婦二人だけのお宅なのです)


世情を反映してか、
ひとり暮らしや、ご夫婦だけの所帯によく出会う。
共通しての心配事は、
「自分が、自分たちが亡くなったあとをどうしよう」
ということである。
葬儀を誰に出してもらおうか、
墓はどうしようか、
ひいては、永代供養のことにまで及ぶ。


そのご夫婦は入会時すでに、
後を託す人も登録されてある。


「これでいつ死んでもいいね(笑)」
と言われたわけだった。


まごころサポートクラブが、ライフサポートにまで及んでいるのは、
この由縁なのです。
詳しくはこちらまで。

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あなたの心に最高の感動葬儀を。   「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

暑い日が続いている。
連日の初盆祭壇飾りだったが、
今日はしばしの中休み。
また明日からお盆まで、過密スケジュールというわけで、


このところご無沙汰の托鉢へ出ることにした。
朝礼のあと、事務処理をしていると、一本の電話。
納骨堂のことで相談にのって欲しい、とのこと。


「何日ごろ来て頂けますか?」
「よろしければ今からうかがいます」
「本当ですか。よろしくお願いします」
(すぐに動け!が我が社のモットー)


まずよくお話をうかがい、
お客様の望んでいるところを整理して、
一番適したご提案をさせていただく。
これは、お葬儀に限らず、すべてのサービスに共通する。


申し込みの多い納骨堂をご希望だった。
以前、私が担当したときも半年くらいは空き待ちだった。
「その方向で骨をおっていただけませんか」
「はい、わかりました」


そして・・・・骨をおると、(骨はおらずに)
なんと、
「ひとつ空いていますよ。」
と言うではないか。
実にグッドタイミング!!
♪グッタイミング・・・(あえて略しております)この世で一番肝心なのは素敵なタイミング♪
今は亡き、坂本九ちゃんのこんな歌が僕がずっと若い頃はやっておりましたっけ。


"気はすぐに動くぞ"
"機をのがすな"
私の師の教えです。


そんなわけで、
この件はわずかの時間で済ませることができました。


そして、
その足で托鉢に出た。
盆提灯の注文を受けたり、
まごころサポートクラブの会員に入会頂いたり、
"なんも考えずに動いた時のほうがうまくいくだろう"
これも最近、師から頂いた言葉です。

ここまで書いて(?)きましたが、
なかなかタイトルの内容までいきつきません。
実は今日、まごころサポートクラブに入会いただいた方の言葉なのです。
次回、投稿させてください。


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あなたの心に最高の感動葬儀を。   「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

五月に一周期を迎えるお客様がいる。
そろそろどうかな?
というわけで、夕方訪問した。


「ごめんください」
「あっ、今日はお母さんがいますから、」
「お母さん~羅漢さんよ~」


「そろそろどうかなと思って来てみました」
「すみません。電話しなきゃと言ってたところなんですよ」
「どうぞ、上がってください」
「はい、おじゃまいたします」


亡くなられて一年目を一周忌、二年目を三回忌という。(三周忌ではなく、三回忌という)
七回忌、十三回忌~と年回忌はいとなまれていくのだが・・・
詳しくはこちらをご覧ください。


"お母さん~"とともにやって来たのは『さきちゃん』と呼ばれる、
"お母さん~"のお孫ちゃん。
「さきちゃん、大きくなったね~」
「いくつになったの?」
すると、指でよっつとしめしたあと、
「ちみどり、ちみどり(きみどりとも聞こえます)」と言う。


お母さん~の解説によりますと・・・
年少組が黄色で、年中組が黄緑、その上が青色だそうだ。
「年中組になったの」とちょっと誇らしく報告したのだった。
年中組に敬意を表して、"黄緑"と聞こえましたよ。

「ふっつき、もっつきしてたですものね(昨年、初盆を契約していただいた時、)」
とお母さん~が言う。(ふっつき、もっつきとは、まとわりつくとでも言おうか)
「この子は"おじいちゃん"が好きみたいよ」
おじいちゃん系が好きということらしい。ってコラ!!
ここで一句。
「うれしさもちゅうくらいかなおらが春ー無精」


それはさておき、
前回、訪問していた時のカタログを開き、
引き出物(福岡地方では、とくに"おひら"とよぶ)を決めて頂いた。


年回忌営業は、二ヶ月前(命日の)くらいには声をかけた方がいい。
法事は早めに、お寺様にまずお願いして、
日にちを決めて頂くので、ギフト(おひら)も考えるころである。


「ありがとうございました」
「またち(来)てね~」
「は~い、またきますよ」

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あなたの心に最高の感動葬儀を。    「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

葬儀でしばらくブランクがあったが、
今日は午前、午後と托鉢(初盆営業)」に出た。


4月も半ばを過ぎ、各社、初盆営業も活溌になりだし、
お客様も初盆会(はつぼんえ)に気が向いてきたようだ。
そうなると、営業マンのテンションも上がってくる。


十二時もすでにまわっていたが、
先日、祭壇の契約をいただいたお客様を訪ねた。
(そろそろ、初盆返礼品を決めていただこうというわけで、)


ほとんどの方がこの初盆返礼品に頭を悩ます。
お参りの方の数が読めない!!
そこで、経験豊富な営業マン(んっ)がアドバイス!!
「お葬儀の会葬者の三分の一から半分くらい用意すればいいですよ」
「余ったらどうするんですか?」
「余ったらひきとりますよ」
「足りなかったらどうしましょう」
「あー足りないと思ったらお電話ください。私たちはお盆の間じゅう待機してますので、
すぐに礼状を印刷して、お届けしますから安心してください」
―実はここが、ほかとは違う我が社のサービスですー


・・・ですからもう悩まないでくださいね。


という訳でした。


「ところで○○様、この辺で○○様をご存じないですか?」
「知ってるよ」
「家はどのあたりですか?」
初盆を迎えるお宅なのだが、住所がわからずにいたお客様である。


教えていただいたメモをたよりに、すぐに訪ねた。(気を逃さずすぐ行動)


「どうぞ、お入り下さい・・おとうさーん」
その方は奥のご主人に声をかけ、ご夫婦でセールスに応じてくれた。

「祭壇だけでいいんじゃないの?」
「そんなわけにはいかないよ」
「じゃあ、この20万セットあたりかな」
「でも、この提灯はいらないんじゃないの」
「いやー、いるよ」
「あなたは"武士は喰わねど高楊枝"だもんね」
以上、ご夫婦の会話を、ごく簡潔に紹介してみたが、
契約になるまで、一時間以上は経過していた。


で、結局、我が社の一番ハイグレードの29万セットをご契約いただいた。


太っ腹なご主人と、理解ある奥様に感謝いたします。
そして、このご夫婦を教えてくださった○○様、ありがとうございました。
ちなみに、○○様の契約も29万セットなのでした。
そして、今日のめぐりあわせに感謝いたします。

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あなたの心に最高の感動葬儀を。    「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

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さあ今日は日曜日。
絶好の托鉢日和だ。


夕べも師に喝を入れられて、
夕食後、托鉢(初盆営業)に出た。
「何も考えずに托鉢せにゃ」


会えるかな?
断れはしないかな?
などと考えるから会えないし、断られる。


活を入れられて、燃えたところで、
直感にしたがって出掛けたのだった。


・・・そして、一件契約。
少し遅い時間だったが、何も考えずにピンポ~ンした。


遅いから迷惑かな、などといたらぬことを考えると、
その電波が伝わるというわけだ。


そんなわけで、今日も燃えているのでした。


朝一、ボランティアのクリーン活動を済ませたあと、
日曜日しか、お会いできないお宅を、
二丈、前原、志摩と今日は午前午後と托鉢。


夕べの師の一喝が効いたのだろう。
多くのお宅でお会いできた。
お会いできて、次回を約束できたり、次回につなげたり。
もうこれっきりですか~だったり、(決着がついてそれもまたいいじゃない)


そして、午後の後半。
「こんにちは、私、葬儀社の羅漢ともうします」
「ああ、何か入れてありましたね」


実は、なかなか会えずポスティングを試みたお宅だった。
ポスティングより、本当はじかにお話出来るのがうまくいく可能性は高い。


「どうですか、もううちに決めませんか!」
二,三やりとりしたのちに、切り込んだ。(KYの私が今日は空気を読めた)
「そうですね」
すかさず契約のはこびとなった。


"なんにも考えない"師の教え。
ありがとうございました!


春のうららのシバザクラ
二丈長石を托鉢中に見つけました。


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あなたの心に最高の感動葬儀を。    「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

一昨日のこと。
初盆営業で二丈から怡土方面へでかけた。


会えなかったり会えたりしながら、
井田のお客様のお宅を辞して帰路についた。(そろそろ昼どきなので)
いつもなら井田交差点に出て、有田、富を経て真方からバイパスに乗り社に戻るのだが、


なにを血迷ったか、染井の方に走っているではないか。
しょうがない。飯氏まで出て、高速の下を走るとしよう。


染井を左折したとき、
「そうか、高来寺のあのお宅に寄ってみよう」と思った。
高来寺は染井のすぐ隣。
初盆をお迎えのお宅が数軒あるが、そのお宅だけが会えずにいた。


なんと、この時間(いつもいない)玄関横に人がいるではないか!
「こんにちは。○○様ですか?」
「はい」
そんなわけで、数十分会話がすすみ、
一変して、有力な見込客になったようだ。


さて、高来寺といえば、
その昔、
蒙古襲来の"文永の役"から七年後の弘安三年(1281)
蒙古軍は高麗(朝鮮)軍をふくむ兵力十四万という大軍で再び襲ってきた。
この時も、またもや台風(神風)によって日本は救われた。
戦の済んだ今津海岸から糸島水道一帯は敵味方もわからない死体の山であった。


この戦の功績により、太宰大監に任じられた原田種房は
この死体の山を怡土に持ち帰り、一寺を建て敵味方の区別なくこの霊を弔った。
これを高麗寺と呼ぶ。
この地が「高来寺」というのはこの由来だろうか。


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あなたの心に最高の感動葬儀を。「まごころ葬儀 福岡 羅漢」

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二丈松国、桜咲く永昌寺


葬儀や雨天続きで、しばらくぶりの托鉢である。
二丈松国から本、曽根、前原、泊、志摩と初盆を迎えるお宅を訪ねた。


この時期、お客様の反応もさまざまである。(と言うよりいまいちか)
葬儀からあまり日がたってない方はなおさらであるわけで・・・


「こんにちは、○○様ですか?」
「はい」
「わたくし、葬儀社の羅漢といいます」
「すみません。道ばたから声をかけてます」
「今年、初盆をお迎えとお聞きしましたのでご案内にまいりました」


「まだ、考えられません」(考えてませんではないのだ)
「そうですね、また先でお訪ねします」
「来られても・・・」(時がたてば大丈夫ですよ、また来ますとも)
「あっ雨ですよ、傘ありますか」(お心づかいありがとうございます)
「はい、大丈夫ですよ。車がありますので」


会話中、突然降り出した雨に、しばらく車で待機。
車を走らせる間に雨もやむかと思いきや、なかなかやまないので、
西へ戻ればいいかと、前原、泊、志摩とまわった。


志摩に多少の予感があったので、それに従った。
予感に従ってよかったようである。
「早いわね」
と言いつつも、
「まだ、どことも決めていないし」
「おたくは葬儀はいくらくらいからあるの」
などという。


と、そばに控えていたワンちゃんに急ぎの用事が発生し、
「カタログ置いといて」と言い残して急ぎの用事に走っていかれた。

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あなたの心に最高の感動葬儀を。「まごころ葬儀 福岡 羅漢」
  

前原を托鉢した。
この年の一月から糸島市となり、「前原市」という地名が消えたのだが、
"まえばる"という意識はまだ残っている。


一市二町の頃は前原、志摩、二丈それぞれの意識があったようだけど、
糸島市誕生によって、怡土(いと)と志摩(しま)はひとつになった。
この糸島の歴史をさかのぼれば、怡土と志摩はかつて仇同士だった。
とはいえ、その歴史を考察する資格は私にはない。


ただ、私の托鉢は、ひとつになった糸島をエリアと考えていこうと思う。


へっぱくはさておき、
今日はお客様と楽しいバトルがあったので、再現してみます。


ピンポーン。
「はーい」
「お忙しい時間におそれいります。羅漢と申します」
「表になんか書いてありましたけど、おじゃましましたあ」
「ああ、書いていても大抵はいってきよりますよ」
「私も一瞬たじろいたんですけど、思い切ってピンポンしたんですよ」
「あは、」―先方少し笑うー
「今日は"まごころサポートクラブ"と申しまして、私共の会員制度のご案内で来たんですよ」
「葬儀代ってかなりかかるじゃないですか」
「そうなのよ。うちなんか金ないからそんなかけられないですよ」
「たぶん冗談で書いているとは思いますけど、そんな方にはうちの制度は最適ですよ」
「あは、」―また笑うー
―ここで、勢いに乗じてセールストーク展開!


「主人と相談してみます」
「わたくし、takと申します」
「えーと名刺・・あっ申し訳ありません。名刺入れ忘れて来たみたいです。
営業マンとして失格ですね」
「いいですよ。これに書いておきますから」
―私胸の名札を手で示す。先方渡したパンフを示すー


「またおじゃまさせて頂きます」
「今度来るときも、玄関で一瞬ためらってピンポンを押しますから」
「あは、」―またまた笑いー
「ありがとうございました。失礼しまーす」


金欠病及び病気療養中につき、押し売り、訪問販売一切お断りします。

玄関の入り口には、こんな木札が掛けてありました。

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あなたの心に最高の感動葬儀を。  「 福岡 まごころ葬儀 羅漢 」

DVC00021.JPGのサムネール画像
千早新田の仙厓歌碑」


久々の日曜日の托鉢に出た。
二丈のすぐ隣に位置する加布里(かふり)と隣り合わせているにもかかわらず、
何故かいままで私とは縁がなかった千早新田である。
加布里から、弁天橋を志摩方面へはいつも車を走らせているというのに。


数日前から千早新田が頭にうかんでいた。
今日は弁天橋の手前から右折して、ついに足を踏み入れたのだった。(そんなたいそうな)


「仙厓歌碑」がすぐ目に止まった。
"千早振神代の海を田作りて民もゆたかに歌ひ舞里"
日本最初の禅寺、聖福寺の住職、仙厓和尚が、
天保四年(1833)この地の干拓工事の完成をいわって作った歌だということです。
干拓によりできたこの地名を歌にちなんで「千早新田」と名付けられたと案内板には書いてありました。


神代の昔からの海を田に作り変えて喜ぶ住民が
豊かに歌い舞っているという意味だそうです。
じゃあ、千早ぶるの意味はどういうこと?と思って調べてみると、
枕詞、接頭語であって、その後に「神」という語が続くらしい。
"歌舞里"(歌ひ舞里)は当時の港の地名「加布里」のパロディであることが、
いかにも仙厓和尚さんらしいユーモアを感じます。と案内板にあります。


さて、へっぱく(むだ話)がすぎました。


「こんにちは、お仕事中にすみません」
庭先で作業をしているおばちゃんに声をかけた。
「手は離せませんよ」
「はいどうぞ、手は休めずに聞いてください」
「今日は私たちの"まごころサポートクラブ"と申しまして、
新しいタイプの会員制度のご案内で来たんですよ」
「うちは農家だからね」
なるほど!!(JA職員?)
「盆栽、すごいですね。これだけの数あるってことは・・・
趣味ですか?出荷してるんですか?」
「趣味が高じてね・・」
「もう二十年になるよ」
「なんでも続けることが大事ですね」
「そうよ」
「私たちも十年過ぎました」
「じゃあだいぶ、お得意さんも増えたでしょ」
「はい。おかげさまで」
「じゃあ五十はすぎたかね」
「はい。過ぎたところです」
だいぶサバ読むことにはなるが話をあわせた。
「おじゃましました」
「がんばりなっせ」


これが托鉢のいいところです。
まあ望めないお客様であってもカンバセーションを楽しめます。


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あなたの心に最高の感動葬儀を。  「まごころ葬儀 福岡 羅漢」

托鉢の帰り道、携帯が鳴った。
「今どこですか?」女性スタッフのSさん。
「○○様が見えてますよ」という。
「加布里過ぎたとこ、もう着きますよ」


「こんにちは」
ファミリーホールに着くと、
○○様はロビーで待っておられた。


見ると、テーブルの上には、
"まごころサポートクラブ"のパンフレットが置かれてあった。
(スタッフが案内してくれていたようだ)
「聞いちょらんよ」
「遠慮しとったとですよ」
「言ってくれればいいとに」
「また、あそびに行くよっておっしゃてたから」
昨年末、○○様を訪問していたが、入会の話までしなかった。


「今日は息子を連れてきたよ」
一度、ホールを見せておきたいとのことだった。
「オジサンが(私のこと)がよく来てくれるから」
「ここで、なんもかんもまかせとけばいいから」
私を息子さんに紹介しながら、○○様はそう言う。
息子さんも私とさほど歳は離れてはいないと思うのだが・・
なぜか、ずっと年上のおじさん(おじいさんではありませんよ)
ずっと年上のおばさん(同じく)にオジサンと呼ばれてしまう。


○○様とは三年程前の托鉢で、事前相談をうけて以来のお付き合いになる。
もちろん今日、申し込みをいただいた。


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あなたの心に最高の感動葬儀を。  「まごころ葬儀 福岡 羅漢」

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白糸の滝 左側の岩には不動明王の像が祀ってある


だいぶん日が過ぎてしまいましたが、
七日のことでした。


正月気分も切り替え時期だということで、
本年初の托鉢にでかけた。


年会忌を迎えるお客様と、
昨年から、"まごころサポートクラブ"でアタック中のお客様を訪ねた。


二丈吉井、二丈鹿家、(2010年1月1日より糸島市となり、この地名になったわけで・・・
以前は、福岡県糸島郡二丈町大字吉井といっていた)
から二丈深江と車を走らせながらふと横を見ると、
なんと、あのお客様がいるではないか。


急ぎ車を先の空き地にとめ、
「こんにちは。またお願いにきてみました」
いつも忙しそうで、なかなか本題に入れなかった方だった。
ところが今日は、
「上がります?」
「はい!ありがとうございます」
ここは勝負どころ、勢い座敷に上がらせていただいた。


「まだ見てないとよ。車の中においたまま・・」
(今出掛けるとこだからと言うのへ"パンフレット"を渡しといたという状況が前回)
「はい!ここにあります」
すかさず、"まごころサポートクラブ"の本題に切り込む。


・・・・時間は経過して
「ありがとうございました!!」
初托鉢で2010年初契約。


予定では糸島市白糸(以前は、前原市大字白糸)まで午前中に行くつもりだったが、
こう言うのを"うれしい誤算"というのかな。


少し遅い昼ごはんを食べた後、白糸に向かった。
留守でした。
メモを残して、


ここまで来たのだ、"白糸の滝"まで行ってみよう。
と言うことに話は決まり(誰と!)
雪が少し積もった白糸の滝でひとり、マイナスイオンを満喫した。
以上。

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あなたの心に最高の感動葬儀を。 「まごころ葬儀 福岡 羅漢」

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曽根より雷山を望む


一週間ほど前、
新規に「まごころサポートクラブ」入会頂いたお客様を二軒、
曽根に訪ねた。


この地は入社間もない頃、
先輩諸氏に手ほどきを受けながら、
托鉢した思い出がある。


その後の曽根は時折、私が"ひとり托鉢"をしている。
私がはじめて、事前相談を受けたのも、曽根の方だった。


「先日からお世話になりました。登録証をお届けに参りました」
「ああ、何度もすみません」
その方は今日も庭先におられた。
縁になる人はほとんどがこんな具合いである。


曽根は南北に二キロほど直線の道路が走り、
その左右に千戸ほどの住宅が建ち並んでいる。
ひとり托鉢ではとうてい廻れない。というわけでポスティングを決め込んだのだが、
何故か、ちょっと話してみようという気が起きて、
「ピンポーン」とやったわけでした。


「そろそろ、考えなくてはいけないかなと思っていたところなんですよ」
話をうかがうと、他にも二社ほど案内がきたという。
「そりゃあ考える時期がきたということだと思いますよ」
チラシでアピールして、"お願いします"
と頭を下げおいとましたのが一回目の訪問だった。


次にお訪ねした日は庭の手入れをしておられたが、
入会を約束していただき、契約する日を指定してくだっさた。


もうひとかたは、入社間もない私に、事前相談をしてくださったその方です。
「入会しますから来てください」ということでした。


小高い曽根から望む雷山はこのところの寒波で冠雪を呈していた。


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あなたの心に最高の感動葬儀を。 「まごころ葬儀 福岡 羅漢」


昨日のこと、
志摩町を托鉢した。
住宅街のインターホーンに声をかけながら軽快に歩く。


ピンポーン。
出てきたのは、ウエンツばりの12~3歳位の男の子だった。


「お家の人、誰かいますか?」
そう尋ねると、
奥へ向けて、聞き慣れない言葉で誰かを呼んだ。
(マミーでもないし、ダディーでもなく)


出てこられたのは年配の美形の外人さん。
(たぶん、この子の年かさからすれば、祖母というかグランドマザーだろう)
さて困った。
英語、まるで駄目夫君の私である。


もしかして日本語通じるかもと思い、
「葬儀社です」
グランドマザーさんは首をかしげている。


「アー・・・ヒューネラル?(funeral―葬儀)・・・」
(この言葉だけは知っている)
「funeral?・・・」
(ああ、通じたかも)


でも、まごころってどう言えばいいんだろ?
「アー・・・ま・ご・こ・ろサポートクラブ」
と言ったら、
「オッケー」と返ってきた。
本当にOKかどうかはわからないが、


「よろしくお願いします」と頭を下げて、
パンフを手渡して、おいとました。

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あなたの心に最高の感動葬儀を。 「まごころ葬儀 福岡 羅漢」


「ただいま帰りました」
「遅くなりました」
五時過ぎた頃社に戻ると、

「takは背広を着ると、校長先生のごとあるやないね」と師の声。
「校長不調!」すかさず返すと、
師は相好を崩して大笑い。
夕食をとっていたスタッフも大うけ。


「ダメだったか」師の問いに、
「と言うか、おんしゃれんとですよ」と答える。
「この天気だけに、逆にね」と社長。


「でも、○○様(懇意にしているお客様)には会えました」
「『お母さんの時は、羅漢さんでするとやろって娘がいうんですよ(笑)』
とか言ってました」


スーツを着ると、
「馬子にも衣装」やら、「校長先生」やら、
師から"お褒めの言葉??"をいただく。


校長先生、ギャグのほうだけ好調でした。


   お葬式のこと、家族葬のこと 何でもご相談ください ・・・・ 「福岡 まごころ葬儀 羅漢」


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二丈町佐波の養円寺


本日、「まごころサポートクラブ」一件契約あり。
名言一件、見つけたり。


あてにして(勇んで)訪ねるとはずれることがよくある。
逆に、"ひょうたんから駒"ということもある。


よく師がいわれる。
「期待するな」
「期待するから、腹が立つ」
期待するというのは、自分の法律で人をはかることである。
期待しないというのは、無関心ということではない。


一言でいえば、"執われのない心"


"執われのない心"で托鉢しようっと。


もうひとつの「名言みつけたり」はこちらです


お葬式のこと、家族葬のこと 何でもご相談ください ・・・・ 「福岡 まごころ葬儀 羅漢」


昼食時、
「神在(前原市かみあり)の○○番地はどの辺?」
女性の方のTさんが、地理に明るいTさんに尋ねました。
「わからんよ。神在ったって広いんだから」
さすがのTさんもそう答えました。


そして、午後一本の電話。
「takさんはいらっしゃいますか」
受話器を置いたtakさんの脳裏のうかんだフレーズは、
「捨てる神あれば拾う神あり」


実は「まごころサポートクラブ」入会有力のお客様、事情により持ち越しとなった。
気を取り直し、「捨てる神あればひろ~い神在」などと、"ひとりギャグ"をいいながら托鉢に出た。


今日は、志摩町の師吉(もろよし)の団地をてくてく歩く。
かなりの戸数がある地域で、ほとんどインターホーンでの訪問になる。


玄関を開けてもらえると、ラッキー、
「うちは結構です」の言葉がかえってくることもあるけれど、
「じゃー入れといてください」が多くなってきた。
(足を運ぶにかぎるさあ)


とはいえ、留守のお宅が圧倒的に多い。
その時は留守宅に敬意をひょうし一礼をして、
「入れさせていただきま~す」と言ってポスティングさせていただくことにしている。


チラシもそろそろ無くなりかけてきたところで気分転換。
またもや、直感勝負のtakさん。
前原市のあのお宅がうかんだ。


なんと、居るではないか!
なかなかお会いすることができないでいた方である。
次回、訪問の約束をいただいて辞した。
「捨てる神あれば拾う神あり!」


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お葬式のこと、家族葬のこと 何でもご相談ください ・・・・ 「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

二丈町とある処に、
「こんにちは、羅漢でございます」
と、門口に立つと、
「用はない!」
と、にべもない小父さんが居りました。


それでも、takさんはこりもせず、
「こんにちは、羅漢でございます」
と、とある処に出掛けておりました。


そして数年がたった秋晴れのある日(今日なんだけど)
「まごころサポートクラブのご案内で参りました」
takさんは小父さんの門口に立ちました。


「あんたもよう、根気ようがんばるね」
「はい、ありがとうございます」


「おれが死ぬときは病院だから、此処(二丈町のことらしい)ではせんよ」
(んっ、どういうこと?)
KY(空気読めない)のtakさんが一瞬戸惑っていると、
「息子はふたりとも市内におるけん、そっちに連れて行くと思うよ」と小父さん。
「そげん言わんで見てみらんですか」
「此処でするかも知れんですたい」


「二丈町発展のためにかっ」
そう言って小父さんは、はははと笑ったのでした。
おっ、笑うと可愛い。


「よか、もらっとくよ」
小父さんはパンフを受け取って家の中へひきあげました。


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お葬式のこと、家族葬のこと 何でもご相談ください ・・・・  「福岡 まごころ葬儀羅漢」


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布袋葵(ホテイアオイ)
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ホテイアオイの群落

午後、直感に従い志摩町に托鉢に出た。
正解!!(訪ねたいお客様にことごとくお会いすることが出来た)


にこにこ顔で車を走らせていると、
目の前にこの光景でありました。


会社に戻り、Tさんに教わって「ホテイアオイ」と知ったわけでした。


アクセス(一応ね)
志摩町師吉の大石から大浦団地を経て、
師吉公民館に向かう途中に大きな池が道路脇にあります。


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お葬式のこと、家族葬のこと 何でもご相談ください ・・・・ 「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

久々の秋晴れである。
日曜日でもあるし、
今日は、絶好の托鉢日和だ。


このところの「まごころサポートクラブ」のパンフレットも
改良を加え、上出来。(三人寄れば文殊の知恵といったところか)


パンフを持ち、スタッフそれぞれ托鉢に出かけた。


午前中、「イオン福岡伊都ショッピングセンター」での、
"専門家による遺言・相続・後見等の無料相談会"に出かけた。
法律専門職グループ(ユアブレイン)の方による催しで、
毎月第一日曜日、午前11時~午後3時までやっている。


と言うのも、私たち葬儀社も多岐にわたっての知識が求められる時代になってきている。
そんなわけです。


今日、相談に応じてくださった行政書士さんとは一度お会いしたこともあって、
とても親切にアドバイスをしていただきました。
任意後見や、遺産相続など、教えていたきました。


昼遅く帰社すると、社長ほか、スタッフは昼飯も終え、笑談していた。
「今日は、かなり会えたよ」
「日曜日はあえるもんね~」
「昼からも行ってくるよ」
「昼はチャンスだよ」
などと話している。


「オレも昼からまわろう」
「昼もチャンスだけど、夕方もチャンスですよ」
と、"まえふり"をしておいて、
「"ユウガッタチャンス"なんてね」
おやじギャグを飛ばすと、
わたしのギャグに汚染されつつあるTさんにうけた。


午後から夕方にかけての托鉢好感触。
一件、三回忌のギフトの注文もあった。
ユウ、ガッタ、チャンス。ニン(伊東四朗かっ)

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お葬式のこと、家族葬のこと 何でもご相談ください ・・・・ 「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

本日午後、志摩町から二丈町へかけて托鉢に出た。
先々で彼岸花が咲いている。
今日は"彼岸明け"である。


先日、『まごころサポートクラブ』に入会いただいた、
志摩町のお客様へ会員証を届けた後、
二丈町を吉井、鹿家、一貴山と訪ねた。


数ヶ月前のテレビで葬儀の特集番組をやっていたが、
ある葬儀社もやはり、一軒一軒訪問する営業(私達羅漢ではこれを"托鉢"と称している)
をとっていたが、二百軒あたって一軒の割合で会員に入ってもらえると言っていた。
大変といえば大変なことである。


一度の訪問で契約になることは、まずまれである。
(すでに、信頼関係が出来上がっているお客様で何度かあったが)
とにかく足を運ぶ以外にない。
そして、"直感"を信じること。


今日は、今年の初盆営業で親しくなったお客様を訪ねよう。
ということで、六~七軒『まごころサポートクラブ』入会の托鉢にでたわけです。


そして、
「どんなですか?そろそろはいっとかれんですか」
「うーん・・・」
「・・・・・・」
「はいっとこうかね」

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「まごころサポートクラブ」詳しくはこちらをご覧ください


お葬式のこと、家族葬のこと 何でもご相談ください ・・・・ 「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

8月24日、午後8時。
最後の初盆返礼品を届け終わり、帰社。

車から降りると、隣の琉球犬レオン君がやってきて、
「おじさん、あそぼ」と言ったが、
「また、明日な」とスキンシップをして、事務所へ。

早春からスタートした初盆営業も本日でどうやら終わった。

あさってから祭壇の片づけが控えてはいるが、
明日ひと息入れといて、もう一頑張りするとしよう。

初盆を迎える皆さんが、
一番頭を悩ますのが、初盆返礼品をどのくらい(金額もさることながら、数のほう)準備するかということです。
余るより(余ったら返品できる)足りなかった場合を心配されます。

そこで私たちは、お客様に安心して初盆を迎えられるよう、
万全の体制を整えます。

通常、初盆返礼品を準備する目安として、
お葬儀での会葬返礼品の約半分の数をアドバイスしています。
(お客様、地域によって違いがあり、一概にはいえませんが)

それでも余ったり、足りなかったりします。
余った場合は返礼品を引き取りますし、
足りなかった場合に備え、返礼品を価格帯ごとにストックしておきます。

さあ、そして、初盆会(はつぼんえ)を迎えるわけです。

十三日。出勤してまもなく、携帯が鳴る。
「お返しが足りない」
えっもう!

商品を配達する数を積み上げ、礼状を印刷し、のしを印刷し、紙袋を添え、
お客様のところへとんでいく。
初盆お参りの方は次から次からやってくる。
お客様もきがきではないだろうから迅速に届けなければなりません。

「ああ、助かりました」
そう言っていただくとこちらも嬉しくなります。

十三日は例年、夕方あたりから電話が鳴り出すのだが、
今年は朝から大忙し。(嬉しい悲鳴とはこのこと)
返礼品の追加依頼は十三日にほとんど集中し、十四日はさほどでもないのだが、
今日は朝から晩まで配達に追われた。

ストックしていた商品は、お客様にも迷惑かけずに、完売。


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「盆提灯、10周年特別企画」の展示会も盛況のうちに終わり、
事務所は配達待ちの提灯でいっぱいです。


「配達するよ」
多忙の社長も出掛けるたびに、提灯を積み込んでいます。


「こんばんわ。先日からお世話になりました」
「提灯をお届けにあがりました」
「ああ、ご苦労さん」
「たくさんありますよ」
(よいしょっと、少々お待ちを・・)
(今日は、もうすぐ中学生かよ!)


そんなわけで、車と玄関の往復で、8点の商品を運び込んだ。
「これがセットの家紋入りの住吉です。あとで家紋ば確認してもらいます」
「間違いはなかやろ」
「なかですけど」
「これがセットの行灯」
「はい、これがい草の座布団とゴザです」
「これが、皆さんから贈られた博多長」
「これが・・・」


「結局みんなから贈ってもろうて・・
「おじさんにだまされた」
「だまされたですか」


というのも、
今を去ること1ヶ月前。
「で、どれを奨めたかとね」
「僕はこれを奨めます」
「20万でこれだけの品揃えはないですよ」
「ほんなことね」
「ほんなことですたい」


「おじさんば、信用するたい」
(かなりのおばさん(失礼!)から、おじさんとは!)
「ありがとうございます」
そんなわけで、契約成立の運びとなった。
・・・わけでした。


そして、子供さん達と展示会に来てくださって、
たくさんお買いあげくださったのでした。


「おじさんにだまされた~」と言いながら、
顔は笑っている。


「バッチリ飾ってあげますけん」
「そうしてくれんね」
「提灯な、いたらん触らんがよかろ」
「はい、祭壇を飾り付けに来たときに私たちが飾ってあげますけん」


「ありがと。お願いしときます」


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葬儀のこと、家族葬のこと 何でもご相談ください ・・・・ 「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

暑い一日だった。
天気予報がいうには、午後から雨が来るはずだった。


「日曜日は初盆営業日だ!」
ひそかに心に期する思いがあったので、
午前中、仕掛かりの仕事を大汗かいてやりあげた。


二丈町鹿家のお客様のご注文を届けた後、
直感を信じて、長糸へ向かった。


「ごめんください」
玄関でしばらく待つとご主人が出てこられた。


「何度かお訪ねさせて頂きました羅漢でございます」
ああ、という顔をされた後、
今度は、どうぞお入り下さいという表情をなされた。
(とっさに、"なんだかいけそうな気がする~"と思った。)
(そのおやじギャグはなんとかならんとか!)


「どんなですか?」
「はい」


ご主人は、多くを語らずに即決してくださった。


伺えば、寺院は「宇美八幡宮」だと言われる。
今年は神道の祭壇を契約するぞ!
ひそかに目標を立てていたので、喜びもひとしおでした。


「宇美八幡宮は、神功皇后さまの神社でしょう」
「私も何度かお参りさせて頂きました」
そう言うと、ご主人はニッコリと笑った。


神功皇后の足跡をシリーズで投稿させて頂いたので、
神宮皇后さまがご加勢してくださったのかも知れない。


宇美八幡宮についてはこちらをご覧ください

葬儀のこと、家族葬のこと 何でもご相談ください ・・・ 「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

本日、志摩町を托鉢。
「こんにちは」
開けはなたれている玄関から声をかけた。
「ハイ、何ですか?」
後ろから声がした。


農家の広い庭先で自転車あそびの子が三人。
声の主は一番年かさの女の子だった。


「お父さんかお母さん、おじいちゃんでもいいけど・・・いますか?」
「お父さんもお母さんもおじいちゃんも、みかんのハウスにいっています。
ひいおばあちゃんならいますけど」
「うーんどうしようかな」


「そのみかんのハウスを教えてもらえばおじさんが行ってみるけど」
「ハイ、じゃあこっちです」
「ちょっとまってて」
下の男の子ふたりに声をかけると道案内に歩き出した。


「何年生?」
「わたしのこと?」
「四年生!」
「やっぱり、そのくらいかなと思ったんだ」
「僕は一年生!!」
「わー大きいね」
「そうこの子は大きいほう」 四年生の女の子が答える。


「この道をおりて、あの中にいると思います」
「ありがとう。行ってみます」


「こんにちわー」
ビニールハウスの扉をあけ、声をかけると、「はーい」と声がした。
ハウスから出てきたのは"おかあさん"
あの子たちのお母さんだから、当然若い。


それは父(あの子達のおじいちゃん)に聞かないと、今ちょと出てますので、
そんなわけでお母さんに初盆祭壇をアピールし、カタログを託した。


「可愛い子ですね。"いなかったらまた来てくださいね"なんて言ってくれたんですよ」
お世辞ではなく、お母さんにそう言った。


「会えましたか?」
ハウスから戻ると、小さなお客様が言った。
「会えましたよ。ありがとう」
「またね、さようなら」
「さようなら」


"もうひとりの小さなお客様"は四世代家族で育った子でした。
おじいちゃんがたぶん私年代なのであろう。

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托鉢日記、初盆営業―小さなお客様―はこちらです

福岡  葬式・家族葬は、まごころ葬儀「羅漢」 へ

休日にしか会えないお客様がある。
そんなお客様を今日は訪ねた。


前回訪ねた"小さなお客様"のお宅(前原市)今日は居られるかも知れない。


「コンニチワ、先日初盆のご案内をさせて頂きました羅漢と申します」
天気もよく、庭先に49歳のパパと、?歳のママと、
"小さなお客様"がいた。


「ああ羅漢さん、松末(二丈町)に斎場がありますよね」
「ごぞんじですね。ありがとうございます」
「どんなですか?」
「あーうちは○○さんとつきあいがあるもんですから」


そんなわけで49歳のパパとは縁にはなれなかったが、
49歳のパパも、?歳のママも笑顔で応じてくれた。
おませなお客様は、きょうは神妙にしていた。


休日の初盆営業、西区で契約あり。
「これ、いいですね」
「そうでしょう、○○様にはこの15万セットをお奨めしようと思っておりました」
「ありがとうございました」

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福岡  葬式・家族葬は、まごころ葬儀「羅漢」 へ


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前原市長野の藤棚

今日も好天、
気温26度、五月の気候とか。
忙しさに追われ、なかなか托鉢に出られなかった三、四月。


二日前から、解き放たれた鳥のように托鉢に出た。
二丈町から伊都国へ(長野から川原、末永あたりまで足を進めた)


長野の玉栄寺あたりで藤の花が満開でした。
今日は多くのお客様にお会いできた。


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久々に托鉢(初盆営業)に出た。
加布里をかわきりに前原市を西から東へと進む。
目標に向かって、目下序盤戦。


前原市街にさしかかり、七,八軒のお宅でした。
「ごめんください」
「お父さんかお母さん、いる?」
「いません」


玄関には女の子がふたり立っていた。
「ここの子?」
「あのね、この子がここの子で、わたしは友達」
「なにか用ですか?」
ここの子がそう言う。


「初盆って知ってるでしょう」
知ってるのかどうか、ここの子はうなずく。
「何年生?」
「四年生」ふたりで答える。


「いつ頃帰るの?」
「パパは六時ぐらい、ママはもうすぐ帰ると思う」
「言っててあげようか」
「そう、じゃあお願いしようか」名刺を取り出すとすかさず、
「これ何?」
「名刺だよ」
「この字、なんて読むの?」
「・・・だよ」
「まだ、この漢字習ってないもん」


「お父さんはいくつ?」
「おじさんは?」
「いくつに見える?」
「んー69」
「(オイオイ)そんなにいってないよ」
「58!!」
「おしい!!」ほぼ言い当てられた。
「パパは49」
だそうだ。
「パパもママも39」お友達も答える。


「じゃあ、これ渡しといてくださいね」
カタログを小さなお客様にお願いして辞した。
「バイバイ」


今度は49歳のお父さんに会うことにしよう。

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      福岡  葬式・家族葬は、まごころ葬儀「羅漢」 へ

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羅漢 盆提灯リーフレット 完成

本日、朝から好天。
盆提灯のリーフレットも刷り上がってきた。
初盆祭壇のカタログはスタンバイ済み。
さあ、今日から営業開始といきますか。


一月に托鉢したとき、"提灯を頼みたい"という方があったので、
まずはそのお宅を訪ねた。
車から降りると、畑仕事のおばあちゃんがこちらを見ている。
「見たことのある人と思うて・・」と言う。
というわけで畑でリーフレットを広げた。
門提灯(かどちょうちん)受注!!家紋と家名を訊ね納期を記入。
「三月に来ると聞いとったから、心待ちしとったとよ」
ありがたいことです。


午後、葬儀を担当させて頂いたお客様を数軒訪ねた。
最初のお客様のところで初盆祭壇受注!!
「返礼品は今度来たとき決めましょう」
「お願いします」
「ありがとうございました」

初盆についてはこちらからどうぞ

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前原市方面より国道202号を西へ走ると、左手に「福ふくの里」という特産物販売所があるが、
ここより左前方に見えるのが日蓮宗、白龍山妙現寺である。
托鉢の道すがら、時折寺院に立ち寄り手を合わせるのが私は好きである。


お寺の石段の横の案内板に、くしくも"書"があった。


老いてみて
ひとしお思う
父母の恩
ただありがたく
掌をあわす


その上には、「合掌の心」と題した詩が添えてあった。


合掌には祈りの心がある
すべてのあやまちを許す心がある
すべての存在を認める心がある
人を尊ぶ心がある
感謝の心がある
生命を尊ぶ心がある
合掌から生きる喜びと
大きな愛が生まれる
お互いに合掌しよう


もうすぐ私の母の七回忌である。


よろしければ関連記事をご覧下さい。福吉にてー地蔵堂から妙現寺へ

羅漢さんの托鉢日記ー序章ーこちらです

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本日午後、志摩町から福岡市西区へ托鉢に出た。
今日は何故か"年回忌"の日。
亡くなってから一年目を一周忌といい、
二年目を三回忌といい、六年目を七回忌という。
十二年目を十三回忌・・~三十三回忌まで(五十回忌まで営むこともある)続く。


それはさておき、
二件ほど(七回忌、一周忌)話があった。
会社に戻ると社長も一周忌のギフトをきめていた。


ところで
福岡市西区小田(こた)に"福岡市海づり公園"はある。
托鉢の道すがら、車を止めて立ち寄った。
四時間以内で、大人千円、小人五百円。
手ぶらで立ち寄っても釣りができるらしい。
真鯛釣堀もあり、初心者でも大物釣りの醍醐味が体験できる。
(釣ったマダイはお買いあげ・・・キロ1800円だそうです)

詳しくはこちらです。


年回忌についてはこちらをご覧ください。

羅漢さんの托鉢日記ー序章ーこちらです。


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二見ヶ浦(福岡県志摩町)名勝地としてかなり有名です。
すぐとなりは、西区西浦(にしのうら)です。


昨日のことです。
午後二時を過ぎてから、托鉢に出た。
前原市に訪ねるお宅があったので、
それを兼ねて東へ行くことにした。

まずは、二丈町浜窪に三軒のお客様(すべてお会いできた)
正月に向けてせっせと"しめ縄作り"のおばあちゃん。
まあ、がんばりなっせとお互いに声かけあって別れ、
更に前原方面へ。


前原市の用件を済ませて、さてどこへ行こうかと・・・
そうだ、志摩町だなと志摩町馬場へ。(ここはお留守)
ならば、西区(福岡市)のお客様の所へ行こう。と
志摩町桜井から山越えして、二見ヶ浦へ出た。
ここには"二見ヶ浦霊園"がある。
かなりのお墓が分譲されているが、まだまだ拡張している。

目の前に夫婦岩が飛び込んでくる。
携帯に収めると、なんてこったい!
×印の画像とともにバッテリー切れ。
"やっちまったな"
"男は黙ってこれにて退散"


途中、公衆電話を捜して会社へ連絡。
「何もなかったですか?ひとまず戻ります」
(葬儀屋さんたる者いつでも連絡とれるようにしておくことです)
本日反省。

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羅漢さんの托鉢日記ー序章ーこちらです、


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久しぶりに托鉢に出た。
午前中は西区女原(みょうばる)へ。(東へ)
てくてく歩くと、良いことがあるもんだ。
午後は二丈町吉井へ。(西へ)
福吉駅の先の踏切を左折して、山越えすれば、七山(佐賀県)である。
その道すがら、カメラを三脚に据えて撮影している人がいた。

「おっ、彼岸花だ」
私もつられて、車を道路脇にとめ、携帯におさめた。


"彼岸花"という言葉をきけば、
ずっと昔ヒットした、五木ひろしの『長崎から船に乗って』を思い出す。
歌詞のなかの ♪ひが~んば~な♪ というフレーズが、
とても印象的だった。


ところで、午後はお留守のお宅ばかりでした。

羅漢さんの托鉢日記ー序章ーこちらです。

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托鉢の途中、加布里(福岡県前原市)に所用があり立ち寄った。
加布里神社前の交差点より、左折(前原方面から)するとすぐ天満宮の鳥居がある。
「芭蕉句碑」と書かれた史跡案内板は右を指していた。
「いままで気が付かなかったなあ」(世間が見えてませんな)
「芭蕉はこの地にゆかりがあったのかな」(俳句もとんと・・)

鳥居のほんの脇に石碑と案内板があり、
『梅が香に のっと日の出る 山路かな』と冒頭にある。
安政六年(1859年)に建てられた碑は、深江(福岡県二丈町)の子負が原にある
鎮懐石八幡宮社前の万葉歌碑と同じ年で、碑の裏側には芭蕉門弟の名が連ねられている。
力強く流麗な文字は福岡幕末の歌人で、野村望東尼の師でもある大隈言道(1798~1868)
で書家としても有名です。
原句は芭蕉の著書『炭俵』にある句で、
「のっと」が早春の柔らかい日の出の山路を軽やかに巧みに表現しています。
芭蕉の句碑は、九州各地に約二百其余りが建てられていて、
北は壱岐から南は種子島まで存在します。(ここの句碑は九州最大との事)

芭蕉は生涯、九州には旅をしていません。
「おくの細道」(奥州の旅)のあと、芭蕉が遙か九州への旅を望んでいたことは、
門弟宛の手紙に書かれてあり明らかです。
芭蕉は元禄七年(1694年)十月難波(大阪)の旅で、
「旅に病で 夢は枯野を かけめぐる」の句を最後に死去(享年51才)している。
門弟たちは、九州筑紫の地を「古翁、往昔行脚の望み深く侍しところ」として、
数多くの高弟たちが相次いで九州各地を訪れました。
人々は、尊崇と芭蕉追善の供養のため、各地に芭蕉句碑の建立を行ったのです。
元禄十年頃から以降、有名無名の行脚俳人たちの来遊交流は九州一円に伝播していき、
各地に催主らによって句座が開かれたといいます。

芭蕉の句碑はその句の文字により名称が付けられています。
ほろほろと 山吹散るか 瀧の音(山吹塚)
父母の しきりに恋し 雉子の声(雉子塚)
名月や 池をめぐりて 夜もすがら(名月塚)など。
ここの句碑は『梅香塚』といいます。

同じ加布里の牧地区には、
「もの言えば 唇寒し 秋の風」の『秋風塚』がある。

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今日も天気だ、托鉢日和。
午後から吉井(福岡市二丈町)を廻った。
国道202号沿いの福吉駅を過ぎ左に入ると、
吉井の集落を経て、道は七山(佐賀県)へとつづく。
この福吉あたりは、新興住宅と、漁師さんと農家が、
それぞれに一角をなしているが、戸数もかなりある。
今日は新興住宅を托鉢することにした。


この地区には何度か来ていたのだが、今まで気がつかなかった。
こんなところにお地蔵さんが居られたとは。
線路ぎわの住宅の路に、お地蔵さんはすくっと立っていた。
何処かにいそうなちょっと男前のお顔をしている。
少し見上げる感じだったので、路傍のお地蔵さんとしては、
大きいほうかも知れない。


これこれ石の 地蔵さん
西へ行くのは こっちかえ
黙っていては わからない
ぽっかり浮かんだ 白い雲
なにやら淋しい 旅の空
愛し殿ごの 心のうちは
雲にお聞きと 言うのかえ


中学生だった頃おぼえた、美空ひばりの歌です。


足下の台座には、「導地蔵尊」と「為交通安全」と彫ってある。
手をあわせたあと、被写体になっていただいた。

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お地蔵さんの後ろに見えるのが「妙現寺」その右手に小さく写っているのが、
「妙現寺の大仏」


深江(福岡県二丈町)から西へ少し走ると福吉地区である。
本日、好天の午後、福吉を托鉢した。
福吉駅手前の郵便局を左に踏切を渡ると、「福吉ニュータウン」である。
半年ぶりに訪れると、新しい住宅がいくつも建っていて、
まだまだ発展していく様相を呈している。
福吉とは、福井と吉井とを併せてそう呼ぶのだが、いかにも名前がよい。


少し汗ばみながらチラシをポスティングしていく。
たまに家の人がいれば、少し声をかけながら今日は数をこなしていく事にした。


住宅街の坂道を登りつめると「地蔵堂」がある。
お参りができるように具足(ぐそく)もひと揃い備えてある。
大りんを打ち、『般若心経』をあげた。
托鉢するようになって寺院やお堂、石仏などがいかに多いかを知った。


すぐ眼下には、日蓮宗の妙現寺がみえる。
ひと月ほど前、托鉢時に知り合った方に教えていただいたことを思い出したので、
ご住職を訪ねてみることにした。
「お上人(おしょうにん)さまはおられますか」
声をかけると、ハイとすぐに顔を出された。
「教えて頂きたいことがありまして、お訪ねしました」
実は、二丈町の神社仏閣について、お上人さまが書かれた本があると聞きましたので、
と尋ねると、ああ、それは『二丈町誌』のことだと教えてくれた。
お上人は、二丈町が発行している『二丈町誌―平成版』の文化財、宗教の章を執筆されている。
お上人にお礼をのべ辞したあと、また更に托鉢をつづけた。
(日蓮宗のご住職のことを、"お上人さま"という)


托鉢日記でこれから登場するであろうお寺や神社のことは、
お上人さまの書かれたものに、お世話になるはずである。

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二丈町福井(福岡県)に「福ふくの里」という特産物販売所がある。
二丈町の農産物や海産物などがならび、
遠方からのお客さんもみえ、かなり賑わっている。
農家や漁師町を托鉢すると、「福ふくの里」に出すんだよとよく聞く。
托鉢の道すがら、私も時に立ち寄る。(今日のように)


むすびの神、白山神社の看板は、そのすぐ横に立っている。
看板に従ってまっすぐ進むと、集落の中に立つ白山神社がある。
神社のいっかくが独立してあるのではなく、
周りに家々があるのが、なんとなく良いものだ。

「白山神社」と名づく神社は二丈町にもいくつかあり、
全国にともなれば、かなりの数にのぼるはずだ。


むすびの神とは、縁むすびを指すのだろうか。
この神社のいわれは、遠く神代の頃におよぶ。
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)と、
菊理姫命(くくりのひめのみこと)=白山比咩大神(しらやまひめのおおかみ)ともいう。
が、御祭神となっている。


伊弉諾尊、伊弉冉尊は、記紀(古事記、日本書紀)に一番最初に出てくる夫婦の神様で、
たくさんの国生みをなされたほか、天照大神(あまてらすおおみかみ)須佐之男命
(すさのおのみこと)など多くの神々の御親神でもあります。と説明文には書いてある。


日本書紀に次のような記述があるという。
死んで黄泉の国(よみのくに)に赴いていたイザナミノミコトを連れ戻そうとやって来た
イザナギノミコトと、イザナミノミコトとのあいだで言い争いがはじまり、
そこに菊理姫命(くくりのひめのみこと)があらわれます。
「菊理姫命亦白す事有り」(くくりのひめのみことまたもうすことあり)とのみ記され、
何といったか不明だが、この後にイザナギノミコトは聞き入れて・・・とあり、
イザナギノミコトは筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原で禊(みそぎ)をすることになる。
そして、次々と神々が生まれ、最後に天照大神、月読尊、須佐之男命が生まれる。
このように、イザナギノミコトとイザナミノミコトの夫婦のいさかいの仲裁役を
おつとめになられた神様でございます。


くくりひめの"くくり"というのは紐をくくるというように
離れているものを結ぶという意味の、御神名で、
「白山さん」は、「縁結びの神様」として、その高く尊き御神徳を
仰がれているのでございます。
と、説明文は結んでいる。


白山神社という名の由来の説明はみえないが、
白山比咩大神(しらやまひめのおおかみ)から来ていることは想像がつく。

昨日のことである。
目覚めると雨が降っていた。
風もある。
チャンス到来。(この日を僕は待っていたのだ!なんてね。)
「山は吹雪だんべ」(山に登っていた頃、悪天候のときよく使っていた挨拶言葉)
ではないが、「海は時化とるばい」


というわけで、今日は漁師さんのあの人にアタックしよう。
アタックするにもタイミングがある。(訪問する時間帯)


「また来ました」
「ああー」
「どげんですか?もう今日決めらっしゃれんですか」
「んん、まああがらんね」


かねてより、初盆営業で通っていたお宅である。
断られたり、うるさがれたり、留守だったり、作業中だったり、漁のあとで眠っていたりで、
あっさり家の(というよりあきらめが早い)私にしては通い詰めたお宅である。


「おたくが何回も来るけん、もう羅漢さんでしようかって言いよったところたい」
「ありがとうございますー」
「たぶん今日は漁にでとらんと思いよりました」
何回も訪ねるうちには、営業ぬきにしてざっくばらんな言い方でもいいようになってくる。


契約をすませた後、奥さんが一言。
「あなたには負けました」
(最高のほめ言葉をありがとうございます)
こんなにして、お客様と親しくなっていくのだなあ。
駆け出しの営業マン、ただいま学習中。

 昨日のことである。
初盆を迎えるお宅を訪ねる道すがら、
ふと思い立ち、親しくなった方を数軒訪ねた。
営業!だけが托鉢ではない。
人とふれあい、かかわりを持つことが托鉢と見つけたり。

 ひょんなことから(ひょんな事は伏せておきますが)親しくなったひとがいる。
ひそかに"市井(しせい)の歴史家"と私が名付けている人である。
姫島の話題になれば、幕末が飛びだし、唐原(とうばる)と言えば平家の悲話の話になる。
そしてもうひとつの平家の悲話を教えていただいた。

「椎葉村や五箇荘村にも平家の人たちが隠れ住んでいたようです」
「山深いところですか」
「そう、源氏の追討をかわすために隠れ里のようなところにいくわけだけど・・・
"唐原"も原田が配下に命じて、ここならいいだろうということだったけど、
普通の人とはちがうから、やっぱりわかってしまうんだよね。」
「玉むし御前、知っていますか?」
「いいえ」
「屋島の戦いの時、扇の的をかかげたひとだけど、そのひとも落ち延びていった」
「那須の大八が追討として椎葉村に行くんだけど、そのまま住み着いてしまうんだ」
「あの稗つき節のですか」
「そう、大八もあまりにつつましく暮らしている平家の人たちを見て、しのびなかったんだ」
「稗つき節って悲恋の唄なんでしょう」
「そう、たしか、玉むし御前の妹かなんかだとおもう」

庭の山しゅの木に
鳴る鈴かけてヨーホイ
鈴の鳴るときゃ出ておじゃれヨー

鈴の鳴るときゃ
なんというてでましょヨーホイ
駒に水くりょというてでましょヨー

なんぼ搗いても
この稗つけぬヨーホイ
どこのお蔵の下積みかヨー

宮崎県民謡「稗つき節」
鶴富姫と那須の大八の恋物語である。
鎌倉幕府の命をうけ椎葉村まで追討にきた大八だったが、
いつしか、鶴富姫と恋に落ちた。
いつまでたっても帰ってこない大八に帰国の命がでて、
二人にも別れのときがおとずれるのであった。
(那須の大八は那須の与一の弟)


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チュウリップー志摩町馬場にて
菜の花ー二丈町満吉にて
紅かなめー志摩町師吉にて
栗の若葉ー二丈町松末にて
野の花ー志摩町吉田にて
庭先の花ー前原市前原南にて  
 
この糸島を托鉢すれば
心を和ませてくれる花々にであう。
春爛漫、まさに百花繚乱。
托鉢の道すがら携帯におさめました。

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雲行きがあやしい。
会社を後にしたときは、すでに降り出していたが、
朝のひらめきを信じて、托鉢に出た。
効率よくルートにそって車を走らせるときもあれば、
そこだけに命を懸ける(たいそうな)ときもある。
今日はその日。
前原市の怡土(いと)方面をめざした。
お訪ねしたお宅は、おりよくおられて話すことができた。

さらに東へと車を走らせたが、雨脚が強くなったので退散することにした。

 帰社後、"雨の日は溝掃除"ならぬ壁掃除をして、
デスクワークをしているとお客様から初盆施工依頼の電話。
「行ってまいります」
「ご契約ありがとうございました」
「ただいま戻りました」


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平日では会えないお客様が、かなりある。
土日を見送ると、また気を逃すことになる。
昨日今日、そんなお宅を托鉢(盆営業)した。


いつもなら、地域をきめて廻ることが多いが、
土日に伺うお宅は点在している。
そんなわけで、糸島中をそうつく(歩き回る?)ことになった。


といって、必ず会えるとはかぎらない。
会えたからといって、縁になるとはかぎらない。
車と徒歩で一日中そうつけば、足も棒になる。


昨日は二丈、前原,志摩と托鉢したが留守のお宅がつづく。
"とほほ本舗"になりかけたが、
やはりことわざは、伊達にあるわけではない。
『犬も歩けば棒に当たる』と言うではないか。
T先輩がよく言う。
「あんた、犬も歩けば棒に当たるやないね」


あるお宅で、ひょんなことから話が急転した。
「一週間後に来て」(来ますとも、来ますとも)
『こつこつとやっていれば、いつかいいことがあるよ』ってことですか?先輩!
棒になった足も、棒に当たって軽くなった。


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今日午前、二丈町を西に下った。
春うらら、最高の托鉢日和。
ご縁をいただいたお客様のお宅と、
これから、ご縁をいただくお客様のお宅とを托鉢した。


そして托鉢の道すがら、"発見!"


お寺のある風景が、私は好きである。
時折立ち止まり手を合わせる。
お寺の入り口には、よく標語(?)が掲げられている。
今日みつけた言葉は、ストレートに私のなかに飛び込んできた。


若い頃、冷や酒に正体をなくしたこともある。
そして、親を亡くして初めて知る感慨がある。


「親の意見と 冷や酒は 忘れた頃に 効いてくる」
どなたが書かれたのかと思い、お寺を訪ねた。
坊守(ぼうもり)様が居られて、お話をうかがうことができた。
どなたの作かはわからなかったが、
今の若い人にもわかるような言葉に、苦心されているようだった。


坊守様とは、浄土真宗のご住職の奥様のことをいいます。
坊守様には、この日お尋ねしたことの他にも、貴重なことを教えて頂きました。

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雷(いかつち)神社とイチョウの木

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観音杉


雨は降り続いている。
降り続いているが、托鉢(盆営業)に出てみよう。
今日は、「また、来ます」と言って辞したお宅を訪ねることにした。


こんな天気ではあったが、再度次回へ進展できそうなお宅も数軒あった。
今月初め雷山を托鉢した時、雷山千如寺のことを書いた。
その千如寺から更に、車で三~四分のぼると、雷神社がある。
ここには、スキー場やキャンプ場もある。


雷神社の前には、ひときわ目をひく二本の巨大な杉がそびえている。
樹齢は共に1000年をこえているといわれ、その幹回りは7mに及ぶ。
雷神社のイチョウ(樹齢は900年をこえる)と共に、昭和35年4月12日に、
福岡県指定天然記念物となりました。と案内板にある。


祭神に、応神天皇と神功皇后の名もみえた。


雷山から二丈町に戻るころ、雨も小降りとなり、
やがて、あがったので志摩町から前原へと托鉢した。

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16d5ebb2ce9db1d46ebbbe478b117e01[1].jpg 吉田神社

9af3503eeca5290fdf1f8fb325b179f7[1].jpg 般若禅寺


昨日、志摩町を托鉢した。
初盆を迎えるお宅を訪ねるわけだが、
予定は一応決めて出るのだが、
(予定といっても、計画的にきっちりときめているわけではない)
途中で気が変わったり、
うっかり八兵衛になったりする。(行きすぎるわけです)
それが実は、よかったりするわけです。


その時間に、その場所に行くようにされていた。
と思えることが時々あります。
よく、忘れ物を取りに戻ったおかげで事故に遭わずにすんだ。
など、よく聞く話です。
つまり、それです。


この日もそんな偶然(偶然ではないわけで)にめぐりあわせ、
縁あるお宅に出会えた。
二軒とも、以前S先輩と托鉢していたようで、
おぼえてくれていた。
何度も通いつめ、結局契約に至らないことがあるかと思えば、
たった一度で縁になったりする。(おもしろいものだ)


気をよくして、一日志摩町を托鉢した。
吉田という地区を、数軒訪ねたが、
托鉢新人の頃、先輩方と来たときの風景に出会えた。
「あ~ここ来たよ」と思いながら、携帯に収めた。

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高祖神社

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原田氏の菩提寺、曹洞宗太祖山金龍寺


今日は比較的、時間ができた。
天気も穏やかだ。
久々に托鉢(盆営業)に出た。


前回までなかなか会えなかったお宅に、
今日はご主人が、玄関先にいる。
「おはようございます」
「初盆のご案内でうかいました、葬儀社の者でございます」
「どこの?」
「二丈町の羅漢です」
「ああ、羅漢さん」
「~だけど、ここには祭壇は飾らんばい」
話をうかがえば、どうやら無理のようだが、
"転んでもただでは起きない"takさん。
「お宅もだいぶん大きゅうなったごたあね」
(創立9年を迎えた羅漢も、こんな言葉をいただけるようになった)
の言葉にすかさず、
「うちのパンフレットば、見とってくれんですか」
「よかよ、友達も羅漢は知っとるっていいよるし」
「そこのポストに入れとって」
そして、
「訪ねてくれて、ありがとう。」と言ってくださった。
心がうきうきした。


また、別のお宅では忌が明けたばかりだったが、
快く話をきいてくれた。
そして帰り際、我が社の女性職員をよく知っていますと言った。
これはいい。


午前中前原を回り、昼食後怡土を回った。
怡土というのは、正式の地番ではないようだが、
怡土城があった周辺をそう呼んでいるようだ。
このあたりを治めていた原田氏の歴史は古く、
遠く、応神天皇の頃(西暦289年)にまで及ぶ。
そして、天正15年(1587年)豊臣秀吉に滅ろぼされるまで続く。


このあたりを「高祖(たかす)」という。


原田氏の歴史にしろ、高祖神社の歴史にしろ、高祖神楽にしろ、
まだまだ興味はつきないが、紙面が足りない。
またいつかの機会に書いてみたい。


本日、これにて、一件落着。

前原市 まごころ葬儀羅漢

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千如寺全景

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仁王門の阿吽像

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五百羅漢


昨日、日曜日の午後。
県道大野城二丈線を東へと托鉢した。
上深江、一貴山、満吉。
前原市に入り、長野、飯原、雷山。
更に山北、曽根と走り、夕刻帰路についたのだが。


雷山のお客様を訪ねた後、
駐車したマイカーからふと見上げると、
長い石段の上に山門が見えた。
石段を登り詰めると、また県道に出て、
目の前に千如寺の仁王門があった。


せっかくここまで来たのだ、お参りしていこう。
ここは、前原市雷山なのだが、
なぜか、遠い処に来たような別天地のおもむきがある。
真言宗のお寺で、正式には「別格本山、雷山千如寺大悲王院」という。
歴史は古く成務天皇四十八年(178年)にまで及ぶ。
内陣には、本尊である十一面千手千眼観世音菩薩像(高さ4.6m)があり、
脇侍に、向かって左に多聞天、右には持国天が控えている。
前には向かって左に不動明王、右に薬師如来。
背後に囲むように、眷族の諸仏像が幾体も配置されている。
(内陣での撮影は禁じられている)


中の案内をしてくれたお坊様が本尊の脇で、
太鼓を打ち鳴らしながら、『般若心経』をあげる。
お参りに来た人たちは、お互い見知らぬ者同士ながら、
心を合わせたように、ご本尊の前で手を合わせる。


托鉢の道すがら、
少しの間立ち寄ったが、
まるで別世界にタイムスリップしたような感覚をあじわった。
二丈町からわずかの処にこのような世界があるのです。


千如寺のホームページはこちらです。http://www.sennyoji.or.jp/


福岡 まごころ葬儀羅漢

今日、前原を托鉢(盆営業)した。
庭先に出ておられた奥さんに声をかけた。
お盆の営業は、カタチのある商品を売るわけだから、
テンションがあがる。

カタログでしばらく立ち話をしていたが、
「ここじゃよく見えないから、」と言って、
玄関をあけてくれた。
そして、開口一番、
「あなた、長崎の人?」と尋ねてきた。
長崎の人間とわかるようなものを身につけていたかなと、
思わず自分を見回した。
「何で解るんですか」
「さっきから、・・せんば、・・やらんば、っていいよるやないね」
「見抜かれましたか」

テンションがあがると、長崎弁になるらしい。
気がつけば、"ばってん"まで飛び出している。
(私の熊本の知人は、"そるばってん"と言ってたっけ)
私の田舎では、"そいばってん"と言ってました。

佐世保では、「誰々が来る」というのを「・・が来らす」
「誰々が来た」は、「・・が来らした」などと言う。
少し敬語めいているが、「犬が来た」と言うのも
なぜか、「犬の来らした」と言っていた。
「居る」は、「居らす」「居た」は、「居らした」となる。
長崎市では、「居んなさる」と言っていた。
同じ長崎でもかなりの違いがある。

この糸島では、「居ますか」と言うのを「おんしゃー」と言うわけですね。
私もいっちょうまえに『ご主人はおんしゃーですか』などと、時々使う。
(いまいち、板に付いてない)

長崎で思い出しました。
手まり歌かなにかは解りませんが、こんなのがある。

でんでらりゅうば でてくるばってん
でんでられんけん でてこんけん
こんこられんけん こられられんけん
こんこん
(出てこられるようでしたら、出てきますけど
出てこられないようですから、出てきません
あとは的確に 訳せません・・)

こんなのもあります。

あっかとばい かなきんばい
オランダさんから もろたとばい
(赤いのです カナキン?です
オランダの人から いただいたのです)

以前"かすてら"かなんかのテレビCMでやってました。
メロディーを伝えられないのが残念です。

福岡 まごころ葬儀羅漢

志摩町小金丸(親山)の虚空蔵菩薩堂

お堂の中央に虚空蔵菩薩、向かって右に大日如来、左には十一面観音様がまつられていました。
私の守り本尊、虚空蔵菩薩の矢印に導かれて、急坂を上り、急な石段を登り、
たどり着きました。(托鉢の道すがら)


唐突だが、
なぜか知らねど 夜の埼玉は・・・
という歌い出しで始まる唄が昔あった。
"さいたまんぞう"という歌手だったと思う。
だからどうした と言われそうだが。

午前、午後共1時間余り托鉢に出た。
なぜか知らねど、志摩町に行こうと思った訳で・・
("勘ばたらき"か。―池波正太郎さんみたいー)

初盆を迎えるお宅をお訪ねしたが、
半数以上のお宅で話が出来た。
アポをとっていく営業と違い、
また、限られたお宅を訪ねるわけだから、
いつもは、お留守のお宅が多い。

もっとも、契約にいたるまでは
これからの努力しだい。

福岡 まごころ葬儀羅漢

手持ちの仕事が午前中に済んだので、
昼食後、初盆営業始動。

昨年秋、志摩町(福岡県)を托鉢したとき、
「うちの伯父が亡くなって・・・」
などと話してくれたご主人のことが頭に浮かんだ。
そこをまず訪ねよう。

「こんにちは、私、去年一度お訪ねしました羅漢といいます」
「ああ、前来られた・・・」
覚えていてくれたらしい。
「今日はちょっとお願いがあって来たんですよ」
「ご主人がおっしゃっていたでしょう。
ご親戚の方が、今年初盆を迎えるとか・・・」
「よかったら、住所とか教えて頂けますか・・・」

「西区だけど、道、解りますか
えーとね・・あっ、ちょと待って」
奥に戻ると、手のひらサイズのナビを持ってきた」
「今ここね、ここまっすぐ行くと馬場のほう・・
幼稚園をすぎて、はまち酒造を過ぎて・・」

だいたいの位置が頭の中に浮かんできた。
「今から行きます?」
「行きます行きます」
お名前やら、そのつながりやら教えていただき、
その足で西区へ向かった。
(残念ながら、お留守でした)
また、来まーす。

さてと、次は・・・よし、師吉(志摩町)に行こう。
師吉、なぜか好きな地区だ。
めざすお宅を訪ねると、玄関先にその方はいた。
不思議とそんなふうにあう人は縁になることが多い。

話を切り出すと、興味ぶかげに聞いてくれた。
カタログと名刺を渡し、再訪を約束して失礼した。

幸先はいいぞ。
よし、次は福井(二丈町)だ。
五軒ほどまわってみる。
二軒は会うことができた(悪くはない)

初盆営業(これも托鉢です)
始動したばかりだ。
身を粉にしてがんばりましょう。

福岡 まごころ葬儀羅漢

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弘福寺のお地蔵さん(二丈町田中)


昨日のこと。
三時前、デスクワークにきりがついたところで、
前日にひき続き、田中(福岡県二丈町)へ托鉢に出ることにした。
朝から寒気が厳しく、コートは手放せない。

時間が空いたら、なるべく托鉢に出ることにしている。
営業(托鉢)というものはオモシロイもので、
計画的に詰めても成果が上がるというものでもなく、
ふいと思いついて出かけたとき、縁があったりする。
(直感というやつですか)

この日、インターホーンを押したお宅は、
ほとんど、玄関先まで出てくれた。
インターホーンを押すか、ポスティングにするか、
直感にゆだねてみるのもいい。

四~五軒目のご主人は、家の中へ招じてくれ、
仏壇を見せて頂いたり、故郷の話をしたり、
葬儀に対する思いを聞かせて頂いたりした。

「あなたたちの営業もやりにくいでしょう」
ご主人が尋ねた。
「そうですね、私たちは商品を売るわけではありませんし、
またそれが、すぐに縁になるわけでもありません。
こうして、私共の葬儀に対する姿勢を知って頂き、
羅漢を気にいってくだされば、ご用命くださいということです。」

「そろそろ考えておかないとね」
そう言われたご主人に、パンフレットと名刺を渡し辞した。

初対面で、応接間まで招じて頂けることは、まれである。
おだやかで、重厚な人柄の方だった。

福岡 まごころ葬儀羅漢

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最近テレビで見た。
うる覚えだが、たしか"熱中人"とか・・・
街で壁ばかり追いかけている熱中人。
人為的に創作するより、
自然にできた思いがけない芸術。

数日前、二丈町田中(福岡県)を托鉢したとき、
この壁を見つけた。
気をつけてみると思いがけない発見をする。
携帯におさめ、トリミングした。

とても寒い日だった。
午後4時すぎきりあげた。


福岡 まごころ葬儀羅漢

岐志(福岡県志摩町)を托鉢した時のこと。
近年、テレビでよく取り上げられるようになり、 
牡蠣で知られる処となった。
ここは漁師さんの町である。

托鉢という名の営業をするようになってから、
様々な人とお会いした。
職業により、地域により、年代により、性別により、
対応もまた、様々である。

大体がこの私、こう見えても(みえないっつうの)
人見知りするタイプで、
営業などとても向いていないとずっと信じて生きてきた。

それも飛び込み、更に葬儀社の。
一番苦手なことをするはめになってしまった。
"かくして新人営業マンの奮闘記が始まった。"
という書き出しでこのブログもスタートしたのだった。
「苦しいほうを選べ」
これが私の師の教えである。
逃げるわけにはいかない。

様々な人にお会いするなかでも、
漁師さんは私の苦手だ。
なにせ、無口な人が多い。
「こっちを向かせきったら、たいしたもんだよ」
先輩から言われたことがある。

この日、この町に入ったとたん、
葬儀の案内板が目に入った。(むろん他社の)
我が社も先日、この地域で葬儀をしたばかりだった。
一瞬、躊躇した。(私の中の執われが)
だが今日は、地域の方々へのお礼の托鉢である。
「こんにちは、羅漢でございます」
いつも通りに門口にたった。

人は知らず知らずのうちに
法律を作っていく。
それが正しいと信じて。
この"自分の法律"こそ"執われ"なのだ。

「葬儀社が営業するんですか」
まさにこれが、私の執われだった。
苦手な地域で、しかも葬儀の案内板が出ている。
そんな状況に、私の中の法律が顔を出したわけであった。

挨拶回りをしてみると、なんらいつもとかわらない。
初盆を迎えるお宅を教えてくれるひとがいたり、
あるおばあちゃんは、寒い寒いといいながら、
いつまでも私を放してくれない。
(おばあちゃん、あなたに本日の"へっぱく大賞"をあげましょう。)
・・・この場合のへっぱくは、"おしゃべり"といった意味かな。

無口な人が多い?町のことでした。

福岡 まごころ葬儀羅漢

まもなく三時になろうとしていたが、
天気も気分もよくなったので、
托鉢に出ることにした。
実は、風邪をひいていたらしい。
(ルルでも飲んどきんしゃい!)

あっ大入に行こう。(インスピレーション)
半年ぶりかな、ここは。
大入と書いて、"だいにゅう"と読む。
国道202号線沿いに、JR筑肥線大入駅があり、
次の駅は唐津方面に向けて、福吉駅である。

ずっと昔、(むかしかっ!)
ディスカバージャパンと銘うって
JR(当時はまだ国鉄といっていた)がキャンペーンを打った。
幸福駅(北海道帯広)行のキップを求めて
旅に出ることがブームになったことがあった。
たしか、山口百恵の「いい日旅立ち」がヒットした。

ここ大入も福吉も、
その字からやはり、話題になったと聞いた。
"おおいり"、"ふくよし"ということか。

さて、その縁起のよい大入。(インスピレーションはどうだった)
何度か訪ねたことがあったが、
今日はじめて、そのお宅の御主人にあった。
というより"大将"という呼び方があっている。

玄関先で仕事の準備をしている"たいしょう"に、
「コンニチハ、羅漢です。」声をかけると、
初対面なのに、知合いと話すような感覚で応じてくれた。
ここ大入には、懇意にしている社長がいる。
話してみればその社長さんと"大将"さんもそういう仲だった。

「葬儀代のたかかけんが、おれが交渉してやるとたい」
「ええ、是非そうしてやってください」

「ボランティアたい」
「そういう役回りになっとうとたい」
「なんかん時はお願いします」
「ん、わかった」  
「いまからまたボランティアたい」

そういう訳で短時間の托鉢だったが、
わりと今日は人と会えた。
冷えてきたので本日閉店。
さっ、おうち(会社)に帰ろう。

まごころ葬儀 羅漢

桜井(福岡県志摩町)を托鉢していたときのこと。
「前から聞きたかったんだけど・・・」
「なんでしょう」
「・・羅漢ってどういう意味ですか?」
「時々聞かれるんですよ」
(以前はらっかん<落雁―あの食べ物のですよー>さんなどという人もいて、)

よく聞いてくださいました。
羅漢というのはですね・・
私のへっぱく(能書き)がはじまった。

私の能書きより、
我が社のパンフレットより紹介した方がわかりやすい。

煩悩を滅尽し欲望を断ち切って、
正しい自覚を開いた聖者のことを「羅漢」といいます。
羅漢は、中国に渡り、老荘思想、禅などと混合し、
何ごとにもとらわれぬ天地間に自在な個性あふれる群像となりました。
江戸期から寺の山門に配置され庶民的な広がりをみせていきました。
なまなまとした「心」なるものを、そのふところの抱き、
「仏」と「人」との間をつないできた羅漢は、
元来「人」の位置であり、
私たちの喜怒哀楽がまっすぐに通じる相手として
親しまれています。

私たち、有限会社羅漢はこの「羅漢」の心を大切に
ご奉仕致します。

「まだ、そこに至るまではほど遠いのですが、
社名に恥じないようにがんばります。」
そう答えて、失礼させていただいた。

この地域を托鉢するのは一年ぶりである。
なぜか同じような天候だった。
この町に初めての斎場をオープンしているので、
セールトークも違ってくる。

住宅街というのは、まずインターホーンが関門である。
それもカメラ付きですから・・・
ポスティングでもいいけど、
できることならお会いして話したい。

葬儀社ではありますが、明るい声でニッコリと。
「・・・本日は私共の斎場の案内をさせていただいております。
よろしければ、パンフレットをご覧になっていただけますか。」
お客様の応答はさまざまである。
わざわざ玄関に出てきてくださる方、
ポストに入れといてくださいと言われる方、
・・・・お客様の応答に間があるときは、
「ポストに入れさせていただきますので」と言うことにしている。
ほとんどOKである。

そうこうしていると、ポツリポツリと落ちてきた。
こりゃまずい!
かなり遠くなった車までダッシュした。
マイカーで退散しかけたがまた晴れてきた。

もう少しがんばってみよう。
この区画最後のお宅を訪ねた。
「あらーちょうどよかった。」
「私、87になるのよ」
元気によいおばあちゃん(と呼んでもいいですか?)が出てこられた。
「ずっと山登りをしてきたので、おかげで病気ひとつしたことないのよ」
「あっ私も山登りやってたんですよ」
そんなわけで、話が弾み "そのうちお世話になるよ"などという。

天気も晴れてきて帰路につく。

本日午後、本年初の托鉢に出た。
天気は晴。暖かい。
年回忌のお客様を訪ねた後、
さてと、頭に浮かんだのは志摩町(福岡県)

馬場の六所神社に、二礼二拍一礼した後、
一軒目のお宅のチャイムを押した。
「まだ、必要なことではないでしょうけど・・・」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
答えたのは、お客様の方。
托鉢を始めた頃を思えば、
ずいぶんお客様の様相が変わってきている。
(私が変わったのかもしれない)

この地区には感慨深いものがある。
まだ、西も東もわからなかった二年半前、
ある方とこの六所神社で出会った、
知人も縁故もなく、文字どうり孤軍奮闘していたとき、
親切なお人柄に、心強く思ったものだった。

もうひとつある。
あのおじさんいるかな?
十数軒訪ねた後、玄関のチャイムを押した。
「おぼえています?」
「いやーまえのことはおぼえとらんなあ」
「まあ、かけんしゃい」
というわけで、商売の話やら、生まれ故郷の話。
この地区の話やら・・・
「"なんの用やー、オレに死ねといいよるのか"
そげん怒鳴られたとですばい。」
(たしかその時は、"そんなふうに怒られてばっかりです"と答えたら、
アハハと笑って話が弾んだ。-こういう方がうち解けたら仲良くなる)
「今は昔のごとなかもんな。優しゅうなってしもうて」と、
好々爺そのものの笑顔で答えた。

「あんたはオレと同年配くらいかね。何年生まれかね?」
(チョットチョットチョット、なにをいいだすんですか)
「24年ですよ」
「オレと二回りくらいちがうのか」
(チョットチョットチョット)
(どこをみてそのような言葉がでてくるわけ)
(頭はこげなふうですけど、この肌ツヤですばい)
「このパンフレット、見といてくださいね」
「ハイ、見とくよ」
「車の多かけん、気をつけていきんしゃい」
「ありがとうございました」

今月初めの事。
自宅で葬儀をされた喪家様を訪ねた。
式後のアフターフォローは、大事な仕事である。

姫島(福岡県志摩町)は、志摩町岐志港から約15分。
志摩町運営のひめしま丸(定員90人)が、4往復する。
我々二人(凸凹コンビと言われているー凹は私)は、11:45分で渡り、
会社の女性陣が作ってくれたおにぎり弁当で、"今日は"昼食をとり、
歩いて喪家様へ。(ちなみに凸は、先輩のTさん)

ここ姫島は、五十数世帯の漁業の島である。
葬儀といえば自宅葬であり、島中の人がこぞって加勢する。
島の公民館で、炊き出しがあり、設営の日は魚ずくしで、葬儀当日は
精進料理と、我々葬儀社にまでご馳走にあずかる。
私などは、姫島を初めて担当し、ただただ感激し、
その余韻を残したままの、訪問である。

自宅をお柩が出るときは、
左回りに三回廻し、玄関先でお椀を割り、
リヤカーに柩を乗せ、桟橋まで葬列を組んで行く。
桟橋では柩を乗せた船を、島中の人が手を合わせて見送る。
このような葬儀のお世話をさせて頂いたことに感謝します。

さて、福岡の人は知る人が多いと思う。
明治維新の母とも言われる、「野村望東尼」の碑がここにはある。
一旦、勤王へ傾きかけた藩論は佐幕へと戻り、1864年福岡藩は、
野村望東尼を流罪とした。十ヶ月の後、高杉晋作の尽力により、
姫島を出、長州に迎えられる。
晋作の辞世の句、「おもしろきこともなき世をおもしろく・・・」の後を、
看病した望東尼が、「すみなすものは心なりけり」とつづけたといわれます。

喪家様を辞した後、
碑に手を合わせ、二手に分かれ、一軒一軒お礼の挨拶に回る。
すべての家が、鍵をかけていない。(いないお宅も)
玄関先でごめんくださいと何度か声をかけると、
通りすがりの人が、玄関を開けて入ってくださいと声をかけた。
皆、身内みたいなものなんだなあ
14:20分。帰路につく。

「あら、おたくはどこの出身?」
長石(福岡県糸島郡二丈町)を托鉢した時の事。
「この辺の言葉と違うようだけど、」
「もの言いがやさしいでしょう。」(自分で言うか!)

この糸島の地に移り住んで、二年半。
あのですよ、
こがんせんばいかんとですよ。
私が師事する和尚様からよく真似される。
「糸島の人間に成れたね。」
「ハイ、成れましたけど、あのですよ、がまだですね・・・」
「それでよかやないね。」
私の長崎弁は、そのままでいいらしい。
糸島の言葉は、あらけなか(荒い)もんな。

こんにちは、
・・・あのですよ、
この日も、葬儀の話に耳を傾けてくれた人に、
会うことが出来た。
「今度、斎場、見学にいくよ。」
この春、二丈ファミリーホールが、オープン致しました。

そう言い切った女性に、今日出会った
七十代と思えるその方は
ごく普通のおばあちゃん(失礼)に
私の目には映ったのだが...

ご主人を数年前に亡くされ
娘さんの家族と暮らしているらしい
仕事にでている娘さんにかわり
お孫さんの面倒や、家事を引き受けている
「私は行と思っているのよ。」

仏教の教えでは、
今ある自分の境遇は
すべて過去の自分行いの結果なのであると説く
それは誰のせいではなく
すべて自分にあると
嘆くことも、恨むことも、見当違いなのである

そう思い極めたとき
生きることの意味が見えてくる
人はこの世に「修行」に来たのだ
寒い日の営業もありがたい
玄関払いもありがたい
そして、こういう方に出会えることは
実に、ありがたいことである

あと十年くらいは生きていないとね
おたくの名刺とパンフレットは
ちゃんととってあるから
それでは夕食の支度がありますのでと
その方は家の中へ戻っていった

さあ、もうひとがんばりしてみよう
本日、ワタクシ未熟者

そう言い切った女性に、今日出会った
七十代と思えるその方は
ごく普通のおばあちゃん(失礼)に
私の目には映ったのだが...

ご主人を数年前に亡くされ
娘さんの家族と暮らしているらしい
仕事にでている娘さんにかわり
お孫さんの面倒や、家事を引き受けている
「私は行と思っているのよ。」

仏教の教えでは、
今ある自分の境遇は
すべて過去の自分行いの結果なのであると説く
それは誰のせいではなく
すべて自分にあると
嘆くことも、恨むことも、見当違いなのである

そう思い極めたとき
生きることの意味が見えてくる
人はこの世に「修行」に来たのだ
寒い日の営業もありがたい
玄関払いもありがたい
そして、こういう方に出会えることは
実に、ありがたいことである

あと十年くらいは生きていないとね
おたくの名刺とパンフレットは
ちゃんととってあるから
それでは夕食の支度がありますのでと
その方は家の中へ戻っていった

さあ、もうひとがんばりしてみよう
本日、ワタクシ未熟者

西区を托鉢した時の事。

ちょうど作業をしている工務店に声をかけた。
「コンニチワ、私、羅漢と申します。」
私と同年配と思える男性の方(たぶん社長さんでしょう)は、
顔を上げたが、羅漢って?という表情をしている。

「葬儀社の羅漢と申します。」
「ああー」
「カンナですか?」
「そうです。」
「樫ですか?」
「白樫だよ。」
「へえー鉋も自分で作られるんですか?」
「全国大会に出るんだよ。」
「へえー大工さんの全国大会があるんですか?」
「いや、全国鉋削ろう会ってのがあるんだよ」

どうやら、それ用の鉋を製作しているようだ。
極薄のカンナくずがあったので、
「これ、すごいですね。」と言ったら、
「話のネタに見ていくといい。」そう言って、
奧の引き出しから、更に薄いカンナくずを出してくれた。

カンナくずという表現は、正しくない。
金箔のような薄さといえばいいのか、
いや、もっと薄いのかもしれない。
こういうのを職人技というのだろうか。
いや、神業と呼んだ方がいい。

托鉢させていただくことで、
こういう場面に出会うことがある。
有難いことです。

「さあ、行こうかね。」
社長から声がかかる。

昨日夕方の会議で決定した企画案が、
出勤すると、すでにチラシになっていた。
早い!
社長のスピードには、いつも脱帽である。

すべての人に「ありがとう」のお葬儀を。をキャッチフレーズに、
安心の「総額プラン」を打ち出した。

「今日は、師吉団地(福岡県志摩町)に行こう。」
社長との托鉢は、気合いが入る。

「見積価格と、実際の請求価格の差に、驚かれたことはありませんか?」
「私たちは、皆様に安心して頂けるように、葬儀に必要なものはすべて、
このプランに含めました。」
「このプランは、糸島地区では私たちが初めてですよ。」
「"ガイアの夜明け"見られました?・・・私たちも、常に新しい葬儀のありかたを考えているんですよ。」
気合い充分で、セールストークもスムーズにでてくる。

かなりの戸数をお訪ねしたが、
よく話を聞いて下さる方が多かったし、もしもの時はおたくでしますよ。
そう言って下さる方もいた。

社長と合流したところで、ガーデニングをしていたご主人へ声をかけた。
鶏の頭をしていない赤い花が、たくさん咲いていたので、
「これも鶏頭ですか?」
「そうですよ。・・・
・・・で、何か用でしょう。」
「ハイ、私たち、羅漢と申します。」
「ああ、葬儀の・・・うちは他に知り合いがいるから」
どうやら、他の葬儀社と縁つずきらしい。
赤い鶏頭の他にも、黄色い鶏頭も咲いていたので、
「同じ系統ですね。」と言って失礼させていただいた。

シャレは受けたようである。

久々の雨だった。
予報では、一日中降ったり止やんだりするらしい。
9時半頃、空模様が明るくなったので、
昨日にひきつずき、久々の托鉢にでることにした。

托鉢も、いつも同じ調子という訳ではない。
一軒一軒、托鉢させて頂くうちに、
段々、気後れしてくることもある。

玄関に近づくと、犬の鳴き声に攻撃されたり・・・
インターホーンでのご挨拶では、「結構です。」と返事が返ってきたり・・・
今日は、こんな調子がつずく。
退散したい気持ちを抑えて、次のお宅のチャイムを押した。

「おはようございます。羅漢と申しますが・・・」
「羅漢さん、よく知ってるよ。」
70年輩のご主人が答えてくれた。
「自分の時は、おたくでするよ。」
「家族にも、羅漢さんでするように話してあるから。」
お話を伺う打ちに、どうやらS先輩が、ご相談を受けていたようだった。

「縁起でもない!」と答える方もあれば、
この方のように、自分の葬儀のことを、普通に話される方もいる。
人さまざまである。

気をとりなおして、
しばらく托鉢を続けたが、
突然の、大粒の雨にみまわれ、
かなり、遠くなった車までダッシュした。
本日、退散。

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