托鉢ブログ

ある家族葬をお世話させていただいた時のことでした。
まだ若い息子さんを亡くされたご家族様の要望は、
身内だけで送りたいとのことでした。


仮通夜をご自宅で家族だけでいとなみ、
翌日、お迎えにあがり、ファミリーホールにおつれしました。


花に囲まれた息子さんの遺影のまえに立たてたとき、
はじめてお母さんは泣き崩れました。
(・・・このご様子は察してあまりあるものでした)


お通夜では、
ごく身近のかただけで故人を偲んでおられましたので、
あえて式進行はひかえることにしました。


悲しみのさなかにある時、
憤り(いきどうり)と背中合わせにあり、
そのやり場をだれにぶつけようもなく、


そんな中で、ご遺族様と接する私たちは時折、
そのやり場を引き受けます。


ご遺体をご自宅へ安置したのちの、
お父さんがそうでした。


ご身内だけでの家族葬とはいえ、
ご近所のかたのお参りをご遠慮いただくことや、
ご親戚の香典をお断りすることの大変さ、等々、
私たちの経験上、アドバイスさせていただかねばなりません。


お父さんはの対応はすべて、ノーでした。
ここは、時間が必要でした。


翌日、(通夜の日)お伺いしたとき、
お父さんは穏やかな顔をされておりました。


送り化粧をほどこして、
まるで、眠っているような息子さんの顔を
いとおしげなまなざしで見ておられました。


そして、
昨夜の私たちのアドバイスを受けてくださり、
お呼びする親族のかたの香典をうけ、
返礼品と会葬礼状を用意して下さいと言われました。


葬儀当日、
「喪主挨拶はしない」も撤回されました。
「簡単にいいます」
そう言って、挨拶文のひな形を受け取ったのです。


そして、
二十名ほどの、参列者(ご身内だけの)と、
私たちスタッフは、
喪主様の大きなサプライズをいただいたのでした。


「ここで、本日ご会葬いただきました皆様方へ、喪主様より、ご挨拶がございます」
正面に立たれた喪主さまに、
女性スタッフがマイクを渡そうとしたとき、


お父さんは肉声で語り始めたのです。
そして、おひとりおひとりの席まで歩み寄り、
「○○伯父さん、いつもいつも、気にかけていただいてありがとうございました」
「○○おばちゃん、中学生の時、遊びに行ったとき、いつもおいしいごはんをつくってくださって、
ありがとうございました」
「○○君、(故人の甥っ子)約束を果たせなくてごめんね」
泣きながら、でも、崩れることなく、
とても、自然に、
それでいて、語りかける順番も、ちゃんと決まっているようでした。


息子さんの兄弟に語り終えた後、
最後に、
「お母さん、大丈夫?お母さんのことが一番心配だよ。
大丈夫、お母さん。・・
○○(息子さんの名前)にかわって、お礼を言うよ」


喪主様は、
父の言葉として、息子さんの言葉として、とつとつと語りました。


それは、
温かく、悲しく、おごそかなひとときでした。
参列の人々のすすり泣きがそれを物語っているようでした。


ふとスタッフのほうを見やると、全員涙ぐんでいました。
私は次の式進行に、呼吸を整えなければなりませんでした。


こんな感動的な喪主挨拶に立ち会うのは、始めてでした。

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あなたの心に最高の感動葬儀を。   「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

ご主人からも、
子供さんからも、
お孫さんからも、
ひ孫ちゃんからも、
誰からも慕われていたおばあちゃんが亡くなりました。


終焉を迎えたホスピスの看護師さんも、
涙して、お見送りしておられました。


知り合って三年の月日が流れていました。


始めてお会いしたにもかかわらず、
飛び込みの托鉢にもかかわらず、
「おとうさん~葬儀屋さんよ」
「話聞かない」
そう言って、座敷に招じてくださった方でした。


その後、時折訪れたが、
いつも、にこやかに迎えてくださった方でした。


「いま、おとうさんがいるから、話して」
もうその頃は、ご自分のお身体もたいへんな状態であったというのに。


通夜の夜、
おばあちゃんのナレーションの取材で、お孫さんの話を聞かせていただきました。
お孫さんは堰を切ったようにおばあちゃんとの思い出を語り出しました。
「僕たちが小学生の頃、自転車で半日もかけておばあちゃんの所へ行ったものでした
・・・
すでに子供(おばあちゃんからすれば、ひ孫)もいるお孫さんたちなのに
まるで、小学生にもどったような純粋な言葉でした。
それほど、おばあちゃんが僕たちは好きだったんです。
取材をする私には、そのように聞こえていました。


火葬場で収骨を待つ間、
五~六歳のひ孫ちゃんが私に言う。
「おばあちゃんのいるところに行きたいな」
「おばあちゃんのいるところ、ボク知ってるよ」
いまさっき、見送ってきた火葬炉の方をふりかえっている。
「おばあちゃんのところに、行っていい?」
「行けないとよ」
「なんで?」
「ボク、行きたいな」
「もう少し待ってね」
「おばあちゃん、こっちにいるからね」
私は、収骨室の方を向いて語りかけました。


葬儀翌日、喪家様を訪問した。
式後の手続きなどの案内を終え、帰り際、
ひ孫ちゃんが玄関で言った。
「あのね、ボクお空に向かって、おばあちゃん、おはようって言ったとよ」
「そう、よかったね。おばあちゃんよろこんでいるよ」
「おばあちゃん、天国にいるとよ」


優しくて、とても明るい人でした。
信仰心に篤く、強い心をお持ちの方でした。

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あなたの心に最高の感動葬儀を。   「福岡 まごころ葬儀 羅漢」


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胡蝶蘭鉢(白もあります)


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盛り花(大)
高さ116㎝ 横100㎝ 奥行65㎝


只今人気上昇中、
光触媒のシルクフラワーです。


私の勤める葬儀社羅漢では、
業界でもいち早く、シルクフラワーを取り入れてきましたが、
年々、シルク祭壇や、シルクフラワー供花の要望が増えています。


初盆時期は暑さのため、生花の手入れに気を使います。
そのためか、シルクフラワーに注目があつまるようです。


光触媒の効果をご案内いたします。


○消臭効果
セラミック複合光触媒のため、シックハウス症候群の要因となるホルムアルデヒド・
アセトアルデヒド・アンモニア等の消臭分解に威力を発揮します。


○セルフクリーニング効果
太陽光や蛍光灯などの光線によって、組みこまれている光触媒を励起させて、
表面に付着した埃、カビを分解します。


○抗菌作用
光触媒より酸化・還元作用がおこって、
触媒が空気中の酸素と反応して過酸化水素を作ります。(還元反応)
これらの作用にによって殺菌される他、
有機物は最終的には一酸化炭素と水に分解されます。


○防食作用
完全なセラミック塗膜のため酸にもアルカリにも侵されにくく、
金属、木材、コンクリート等、下地を問わず、
きわめてすぐれた保護力と安全性をもっています。

 

あなたの心に最高の感動葬儀を。    「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

新商品第1弾はこちらです

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人気の故人の好物シリーズです。
なんと、ローソクなんです。
1個/800円です。
3個セット/2,200円とお得です。
お好みにより、自由に組み合わせてください。
お供物として、お灯明としてお使いくださいませ。


とまあこんな具合です。


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あなたの心に最高の感動葬儀を。  「まごころ葬儀 福岡 羅漢」


2010年初盆営業始動しました。


今年も初盆祭壇、各種返礼品、盆提灯、い草座布団、い草敷物、
生花、シルクフラワー、精霊船、など多数揃えております。


特に今年は、"魅力の2010新商品"を企画しました。
随時紹介していきたいと思います。
今日は盆提灯の一部を紹介します。


伝統の匠の技! 高級八女提灯を大幅割引にてご提供いたします。
どうぞご期待ください。

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博多長 人気のサイズ(桜)火袋直径60㎝・長さ250㎝


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行灯 蒔絵花山水絹二重12号対絵 高さ92㎝・火袋直径36㎝

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霊前灯 いろどり白 光ファイバーの輝き!!
イルミネーションがさまざまな色に変わります
高さ・35㎝


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住吉9号絹一重 火袋直径27㎝・長さ100㎝
絹一重張りの特長は明かりを灯すと十文字を描きます


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あなたの心に最高の感動葬儀を。  「まごころ葬儀 福岡 羅漢」

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あるおばあちゃんの葬儀を担当させて頂いた時のことでした。
なにげなく経机の上に置かれの一枚のスナップ写真に目がとまった。
思い出の品として、ご遺族の方が置かれたのだろう。


それは、お箸を親指ではさんで合掌しているおばあちゃんの写真だった。
病床のベットに腰をかけ、食事をとっている光景でした。


そこに、私はお地蔵様を見る思いがした。
こんな美しい合掌を見た記憶は今までなかった。


終焉を迎えた病室で撮された十枚程のスナップ写真にはすべて、
おばあちゃんの笑顔があった。
そして、おばあちゃんを囲む看護師の暖かいまなざしがあった。
(そのスナップ写真で、私はこっそり思い出コーナーをつくった)


ご遺族の方にうかがった、おばあちゃんの波乱の人生も、
すでに、そこに見ることはできない。


人はその過酷の人生を生き抜いたとき、
後にはただ、感謝のこころだけが残るのだろうか。


ナレーション作りのためにと、ご遺族の方にいろいろなお話をお伺いしたが、
こころを洗われるような一枚の写真だけで充分だった。


お葬儀の仕事をさせて頂けるからこそ、
こんな光景に出会うことができました。


『今、去りゆくあなたへ・・・
 私たちもまた、手をあわせて送ります。
  ありがとうの言葉をそえて。』

私はナレーションをそんな言葉でしめくくった。

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あなたの心に最高の感動葬儀を。  「まごころ葬儀 福岡 羅漢」

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二丈町の朝もや(羅漢の事務所より)

出勤後、いつものように始業前の掃除に取りかかる。
雨上がりの風景が幻想的だったので、携帯におさめました。


事務所の前は国道202号線です。
朝もやに隠されていますが、
いつもは田園風景が広がっています。


画像右から数百メートルのところには、
「きららの湯」があります。

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葬儀のこと、家族葬のこと 何でもご相談ください ・・・・ 「福岡 まごころ葬儀 羅漢


お通夜のお参りの方がひけた頃、
私たちにもうひとつ、仕事があります。


ナレーション作りのための取材、と言うほど大袈裟ではありませんが、
故人様のお人柄、経歴、エピソード、思い出話などをお聞きします。
あわせて、ご家族様のご様子(故人様への想いなど)や遺影写真なども
ナレーション作りの助けになります。


"ひとつとして、同じナレーションは使うまい"を信条としているのですが、
文章つくりが早いほうではないので、時々苦戦を強いられています。


ブログを書くようになったことは、いくぶん助けにはなっているようですが。


ナレーションのあたまにもってくるフレーズが全体の文章につながっていくので、
特に気をつけています。
ナレーションは、その方に一番ふさわしい、"いちばん短い自叙伝"なのですから。


いくつか紹介してみます。


「去りし人の人生をふり返るとき、そこに一冊の自叙伝があります。
式壇の○○様を仰ぎみる私たちの胸にもまた、思い出という名のポエムが生まれます。」


「人は生まれ、人と出会い、共に生きる人生に夢を描きます。
そして、家族という深い絆を結んでいきます。
けれども、その道なかばで、不意におとずれる人生の不条理に立ちつくします。」


こんな感じです。


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あなたの心に最高の感動葬儀を。 「まごころ葬儀 福岡 羅漢」

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本日、いよいよ盆提灯展示即売会の初日です。
昨日、"スタッフー"(固まった!!)全員で会場作り。
今年は、創業10周年を迎え、みんなリキがはいっています。


八女の高級提灯を大・・超特価にて販売!!
例年以上に品揃えも豊富です。


和室には「、特設コーナー」を設け創作、新作提灯を展示しました。


いつもは「千の風」などのBGMが流れていますが、
今日はtakさんのCDコレクションを持ち込んじゃいました。
オールデイズ、にジャズ、鳥羽一郎はさすがに遠慮しております。


「いらっしゃいませ」
スタッフそれぞれ、営業魂始動。
「ありがとうございました」


お客様も満足し、私たちも喜ぶ。
これに超したことはありません。

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初盆祭壇についてはこちらをご覧下さい。


葬儀のこと、家族葬のこと 何でもご相談ください ・・・ 「福岡 まごころ葬儀 羅漢」

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司法の父といわれる江藤新平
西日本新聞には、この写真が掲載されていました


数日前の朝の事である。
「tak君、佐賀の乱が改称されるらしいよ」
佐賀市出身のT先輩が言った。
「どういう事ですか?」


「ほら、ここに書いてるよ」
T先輩は、読んでいた西日本新聞を差し出した。(6月12日の)


「へえー」
「明治政府の陰謀だったらしいよ」
「たしか、"裁判長、わたくしは・・"という言葉を残して死ぬんですよね」
「うん」
「これで無念もはれますよね」


私も少なからず、江藤新平という人物に興味を抱いていたので、
何故か胸のつかえがとれた思いがした。


佐賀出身のT先輩も感無量といった様子。


"新聞によりますと・・"(私達年配には聞き覚えのあるTV番組のフレーズ)


旧佐賀藩士族の反乱とされる「佐賀の乱」の呼称問題が、
11日の佐賀市議会一般質問で取り上げられた。
「明治政府を下野した江藤新平が首謀した乱ではなく、明治政府の陰謀だった。」
とする新学説が唱えられるようになったことが背景にあり、
議員側が「佐賀の役」や「佐賀戦争」と呼称を変更するよう主張。
市側は運動が盛り上がれば対応を検討することを表明した。
地元の運動の盛り上がりによっては、
同市が文部科学省に教科書の記述書き換えを求める可能性も出てきた。


・・・毛利敏彦・大阪市立大名誉教授(明史維新史)が2004年に
「江藤新平は明治政府への反逆者ではなく、政府の謀略の側面が強い」との研究を発表。


・・・同市の田部井洋文教育長は「深い検証が進む過程で佐賀市としての考え方を(文部省などに)
示すのはやぶさかではない」と答弁。秀島敏行市長も
「(江藤は)はめられたという印象を持っている。できるだけ名誉回復をしていきたい」と答えた。
とある。


記事横の"佐賀の乱"の解説は次の通りである。


1874(明治7)年2月、明治政府に不満を募らせた佐賀の士族の反乱。
政府が素早く軍を送って鎮圧し、江藤新平らが処刑された。
通説では、征韓論を唱えて政府を去った江藤が首謀者とされるが、
近年では大久保利通ら政府側が、政敵の江藤を陥れるためし仕組んだ謀略との学説も出ている。
最初の士族反乱とされ、3年後西南戦争が起きる引き金となった。


私が三十代前後に読んだ、司馬遼太郎さんの『歳月』という小説がある。
むろん、江藤新平を描いたものである。
たいていの場合、司馬さんの小説は読後感がよいのだが、
この小説だけは後味のわるさがあった。
罪を着せられたままの状態で終わっていて救いがない。
おまけに、屈辱的な「梟首(さらしくび)」の刑を言いわたされる。
さらに、日本の司法を作り上げた江藤新平がその司法によって(その法を曲げてまで)
裁かれる無惨さ。


教え子とも言うべき『河野敏鎌』が、
「除族(士族に対する極刑)の上、梟首(きゅうしゅ)、申しつける」と判決文を読み上げたとき、―


(以下、『歳月』の最終章、―大久保日記―を引用します)
―この意外さと災厄と屈辱に、江藤はどう行動すべきかもわからず、
なにはともあれ鬱懐(うつかい)を吐きつけねばならぬとおもい、
とっさに立ち上がろうとした。その縄尻を背後の獄吏がひいた。
江藤の不幸は、この期に及んで尻餅をついたことであった。
このため「腰を抜かした」と、のちにいわれた。
江藤はこのとっさの激情から、たったひとことだけ叫んだ。
「裁判長、私は」
ということばであった。が、獄卒の一人がそういう江藤の腕をつかみ、他の一人が背後から
くびを締め、そのままかれの自由をうばいつつ、ちからずくで退廷させてしまった。
江藤新平という日本史上稀代の雄弁家にとってその半ちぎれの片ことが、
この世間の公式の場所における最後の発言になった。


「江藤、醜態、笑止なり」
と、大久保はこの四月十三日付けの日記に書いた。江藤は死をおそれ、判決をきいて醜態を露呈した、
という意味のことを大久保は書いているのである。しかも具体的にどうしたとも書かず、
それが後世の読み手にどのような卑劣さにも想像できるよう、ごく抽象的に書いているのである。―


唯一、救いがあるとすれば、
「ただ、皇天后土(天地)のわが心知るあるのみ」と江藤新平が叫んだことだろうか。
天地だけが知っている。最大の雄弁家の最後のことばである。
私などが史実をしるよしもないが、
ただ、心情として、この新聞記事には救われた感がある。
『歳月』からも陰謀説をうかがえる。
無念の思いが晴らされるには、これほどの歳月を必要とするのだろうか。


今日は少し、おもむきの違うブログになってしまいましたが、
「葬儀社の日常」にいれさせていただきました。


葬儀のこと、家族葬のこと 何でもご相談ください ・・・ 福岡 まごころ葬儀 羅漢 

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大内行灯

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住吉、大内行灯四点セット


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住吉絹一重張り 

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住吉絹一重張りホタル球仕様


2009「特選 盆提灯」
中年おじさんのパソコン教室も徐々に進化して、
今年はわたしが作成することとなった。
パワーポイントだけでは足りないところは、
ウェブアートデザイナーを、社長から伝授していただき、
29ページにおよぶカタログついに完成。
この画像はそのカットの一部です。


○ 大内行灯、銘木「桜」が当社の人気商品です。
○ 住吉一対、大内行灯一対の四点セットはお買い得商品です。
○ 提灯の火袋はビニロン、和紙、絹一重張り、絹二重張りなどありますが、
  グレード的には絹二重が高級ではありますが、
  絹一重には、絹一重ならではの特長があります。
  明かりを灯すと十文字の光を描きます。
  更に、ホタル球をつけると、火袋の中でホタルが飛ぶようです。


高級八女提灯、大幅割引にて、いよいよ営業開始です。


   初盆についてはこちらからどうぞ

今日、葬儀の後、ご住職よりご法話を頂いた。


・・・話は変わりますが、
私たちのこの銀河系大宇宙は、今から百三十七億年前にできたと言われています。
今の科学でほぼ間違いないそうです。
誤差があっても、一億年くらいで、まあ、一億年といえば大変な時間ですが、
宇宙の時間からすれば、少しの差ですが、
最初は、マイナス三十何乗立方センチの、まあ目には見えない小さな粒子のエネルギーが
膨張していまの宇宙ができたわけです。
その中に太陽系があり、その中の地球に私たちは住んでいるわけです。


・・・大切なことはいのちはひとつということです。
ひとつのいのちを生きているということです。
いま、私たちはこういう姿をしていますが、
この祭壇の蘭も、ゆりも、菊もひとつのいのちからできています。
自分の先祖が猿というならまあ解るけれども、
私の先祖はこの蘭と同じということです。


今の科学で解明されているこのことを、
二千五百年前にすでに言っている人がいます。
誰だかわかりますか?
・・・お釈迦さまが"いのちはひとつ"そう言っておられます。


「今日ご縁を頂きました。お寺はここから五分位のところです。どうぞお立ち寄り下さい」
そう結んでご住職はご法話を終えられた。


いのちはひとつ。いのちはつながっている。
草木獣も私もひとつのいのち。

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 「田舎なんかにいくと、あの大きな提灯がいくつも下げているじゃないですか」
「はいはい、博多長(はかたなが)ですね」
「博多長っていうんですか」
「ウチなんか家が狭くて、あんなの下げられませんよ」
「以前は縁側にズラーっと並んでましたよね」
といっても、実は私も長崎では見たことはありませんでした。
初盆のあり方も提灯のカタチも、地域によってずいぶん違ってきます。
この糸島に移り住んで三年目の夏。
いっぱしの口をきくじゃあありませんか。
この糸島の初盆、かなりリキがはいっています。
来た当初は、カルチャーショックを受けたものでした。

二年目のお盆の時は、提灯を任されうろたえました。
社長と八女(やめ)に仕入に行き、いならぶ提灯に目をうばわれ、
と同時に提灯という商品を好きになりました。
(よしっ、売ったるぞ。ひそかに闘志を燃やしたものでした)
今年は準備が早かったせいか、出足も早いようです。
一番早いのは、家紋入りの門提灯です。
例年、博多長はすこし後になるのですが、今年はもう注文が入りました。
売りたかったら、好きになれ。(営業のプロに教わりました)

初盆祭壇に提灯、返礼品などなど、
只今、初盆営業(これも托鉢と称します)展開中!!

―博多長のサイズは大きく分けて三つあります(特殊なサイズもありますが・・)
松―径53㎝、長さ222㎝
桜―径60㎝、長さ250㎝
亀―径75㎝、長さ280㎝(長さは、房の一番下まで)
※ 写真は桜です。―

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大内行灯ー銘木桜絹二重対絵桐箱入12号


「ピンポーン」インターホーンが鳴った。
ホールに出てみると、お客様がお二人。
「提灯を展示していないかと思って、・・・」
「どうぞお入り下さい」
お話をうかがってみると、初盆を迎えるそうで、
門提灯(ご先祖様を迎えるため、玄関先にかかげる提灯)と、
大内行灯(三本足の据えるタイプのものです)がほしいと言われる。

「展示会は六月と七月に予定してるんですよ」
「カタログがありますので、ご覧になりませんか」
というわけで、社長力作(パワーポイントを駆使して作成していました)
の"2008/特別限定提灯のカタログ"を見ていただいた。
「厳選した提灯をお求めやすい価格で」をモットーにしております。

お客様は予約されて帰られました。

ブログをご覧の皆様へ
本日はネット上での「特別展示会」といきましょうか。
こんなお値打ち提灯がめじろ押しです。
しかも、お手頃価格!!


病院にお迎えにあがったとき、その方は一人でたっていた。
女性スタッフから受け取ったメモには女性の名前が書いてあった。
七〇代と思えるその方は気丈にみえた。
「羅漢でございます。お迎えにあがりました」
「どうぞよろしくお願いします」
故人様の横の座席に座っていただき、
私の運転する寝台車でご自宅へと向かう。


私たちとご遺族の方との関係は、この時からはじまる。
この寝台車のなかで、お話を聞きながら、
これからの葬送に必要な事項をイメージしていく。


「身内だけになると思うんです」
「主人が友人には知らせるなと言っていましたから」
「子供さんは・・・」
「子供はいないんです。私たちふたりだけでしたから」
自宅にお連れし、枕飾り(お参りができるようにする)などをすませた後のことだった。
その方はご主人の頬を両手でつつみなにやら語りかけている。
私はその姿を見るとはなしに見ていた。
しかし、決めることはたくさんある。
そのことをうながすと、すぐに気持ちを切り替えて、
てきぱきと受け答え、葬儀の段取はスムーズにきまっていく。


お寺様が「枕経」(亡くなられたら、すぐにあげるお経)をあげるそのうしろで、
その方と私の二人だけで手を合わせた。
お寺様が帰られた後、
「おひとりで大変でしょうが・・・」
「姪が最終の新幹線で来てくれるから、大丈夫です」
「朝になるんですか」
「いえ、夜中には着きますから」
「それでは私はこれで失礼します。また明日でて参ります」
―この夜は「仮通夜」となりましたー
これから「還骨法要」(収骨後の法要)まで担当させていただくこととなる。


・・・・
収骨を待つ間、遠方からみえた妹さんと話す機会を得た。
「おひとりで気丈に振る舞われて感動しました」
「姉夫婦は子供がいなかったせいか、絆が強いんでしょうね」
「私たちはつい子供にたよってしまいます」
「お互いに何かあったときは、自分が助けてあげなきゃと思うんでしょうか」
「でも、亡くなったときは、まっ白になったと言ってました」


柩が炉に消えていくとき、
気丈だったその方の嗚咽をはじめて見た。


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好天つづきのゴールデンウィークです。
でもそんなの・・・・ねえ。ではありませんが、
365日営業の葬儀社です。
托鉢に出たものの何処もお留守です。
駐車場の竹林を手入れすることにしました。


 昨年秋に植えたウィンターコスモスもまたまた花をつけ、
(秋も冬も春も。・・・)
試しにやってみた挿し木も根を付けたようだし。
今年は特に、"つわ"が繁殖しました。
ときどき、食卓にもあがります。
托鉢に出てもお掃除をしても、
お日様に照らされて、おでこは黒光りしております。

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二人でひとつのことをするときの、微妙なタイミング、または気持ちの一致をいうが、
私たちの仕事にも、このことがたびたび要求される。


"阿吽(あうん)"という言葉を辞書で引いてみると、
吐く息と吸う息、始まりと終わり。
阿吽は、サンスクリット語「a-hum」の音写。
寺や神社の山門にある狛犬や仁王像。
宇宙の始まりと終わり。
「阿」を真実や求道心、「吽」を智慧や涅槃。などとある。


 特に私たちの場合、
導師様と司会者とのタイミングに「阿吽の呼吸」が要求される。
葬儀式前、ご導師様へ式次第を伺う数分がとても重要になってくる。
時にはその時間がとれないときもあり、
一抹の不安を残したまま開式に臨むことになる。
開式のタイミング、焼香のタイミング、合掌礼拝のタイミング、
ご導師様の所作に集中し、タイミングをとらえる。
一拍ないし半拍の遅れ(会葬の方々は気づかないと思うが)があったりしたときは、
ひそかに反省。(ご導師様がちょっと顔を動かして合図をおくってくれたりもする)
ご導師様とのあいだで、まさに「阿吽の呼吸」である。


お通夜のお参りが落ち着く頃、
お世話をさせていただく担当者には、
これからもう一仕事、することがあります。

この後のお通夜のご案内と、
明日のお葬儀のご案内や留意点など、
そして、故人様についての「取材」です。

ナレーション作りのための「取材」なのですが、
お話を伺ううちに、
ご遺族様の緊張気味だった表情が、だんだん和らいでいくのがわかります。
はじめ、ぽつりぽつりと語りはじめ、
やがて、堰を切ったように語り出します。
そして、皆さんで故人様との思い出話になっていくこともあります。
わずか数日の、喪家様とのお付き合いですが、
このひとときで、また身近になれるようです。

数分のナレーションのなかに、
(伺ったお話をすべて織り込むことはできませんが)
その方の人生が凝縮されます。

この時いつも思うことです。
誰でも、一冊の伝記になる人生を歩いて来られたんだなあ、と。
ナレーションは、
ひとりひとりの、"いちばん短い自叙伝"です。


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この仕事の就いてから、10年近くなる。
おそらく終生の仕事になることはまちがいない。
10年といえば、中堅あるいは、ベテランという言葉を当てがちになるが、
いまだに、慣れたという感覚が薄い。

依頼の電話があるときも、お迎えにあがるときも、
納棺するときも、葬儀式に臨むときも、
一種の緊張感が伴う。

ほんの数人での葬儀でも、
生花が何十本も並ぶ葬儀でも、
社会の片隅でひっそりと生きてきた人の葬儀でも、
著名人の葬儀でも、
人知れず息を引き取った人でも、
多くの人に看取られながら、逝った人でも、
葬送(おくられる)ひとは、たったひとりなのである。

おくられし人と、おくる人の関係によって、
その悲しみは違う。
私たち葬儀社の人間は、遺族にはなれない。
同じ悲しみを共有することは出来ない。
同時に、人を葬送(おくる)ことを職業とする人間として、
冷静な立場に立つことが、プロとして当然のことでもある。

人が亡くなることに、どこで立ち会うかで
その受け止め方は違う。
息を引き取る、まさにその時にいる人と、
風の便りに聞く人とでは、
"人の死"の重さが違ってくる、
いや、人の死の重さに違いはない。
受け止め方が違うだけである。

祭壇の前の柩は、いつも同じように横たわっているが、
一人一人異なる終焉をむかえている。
それをご遺族と共に、悲しみは共有できないが、
私たちも見てきた。
(悲しみを共有できる。というのはおこがましい。)

人は病院だけで亡くなるわけではない。
自ら命を絶つ人もあるし、
無惨な事故で亡くなる人もある。
長い間、その亡骸(なきがら)が見つからない人もある。
そのお一人お一人に、私たちは立ち会う。
警察署に赴くこともあるし、その現場に行くこともある。
悲しみは共有出来ないが、
冷静に適切に対処することで、
ご遺族の方々の気持ちに寄り添えることができればと思う。

どのような亡くなりかたをしても、
人を葬送(おくる)ことに何の違いはない。
死に逝く人は、その命を懸けて私たちに伝えているのだと思う。
私たちは、その思いに気がつかなければならない。
葬送とは、供養であり、祈りである。

浄土に導いてくださるのは導師様だが、
送りゆく私たちも祈ることはできる。
一心に葬送(おくる)仕事を遂行することで、
故人様の思いに応えることができればと思っている。

福岡 まごころ葬儀羅漢

昨日のこと。
思いがけず一流の方の話を聞く機会を得た。
「プロフェッショナル」というNHKの番組もあるが、
まさに、そう言うにふさわしい方だった。

"托鉢"という名の営業をするようになって、まだ三年に満たない。
葬祭ディレクターが営業をする、ということがまず驚きだったわけで、
営業という言葉は、私にとっては高いハードルだった。
これまでの人生、この仕事だけは避けてきた。
"ものを売る"という行為、かなりのエネルギーがいる。
「苦しいほうを選べ」という教えからすれば、逃げていたことになる。

社長とその方を含め、四人で笑談しているうちに、
問わず語りに、その方が話してくれたのだった。
われ知らず、身を乗り出して聞き入った。

門外不出のことがらは公開できないが、
心に刻み込んだ「心構え」というか、「プロ意識」を。

業界(たとえば葬儀業界)の中につかっていると、
世間がみえなくなっていく危険がある。
何ごとにせよ、自分の側からお客様を見ようとすると、
お客様の望んでいることは解らない。
売ろう売ろうとするだけではいけない。
買う人の立場になってみるといいと言う。
「たとえば自分の身内に、この商品を売るんだと思ってみる」わけです。

葬儀の仕事に就いた頃(もう8~9年位前か、)ある先輩が言っていた。
「たとえば、故人が女の人だったら、自分のお姉さんの葬儀と思え。
男の人だったら、自分のお兄さんと思え」と。
おのずと相手の立場に立つことになる。

「売ろうとする商品を好きになること。そして、その商品に精通すること。
自分が好きでないものを売ることは出来ない」

まだ、多くのことをお聞きすることができたが、
長年のキャリアから培ってきたものは、
その人の人格と一体となっているものであり、
ここに表すことは出来ないし、
また、伝授できるものではない。
ただ、営業に対する情熱が私に伝播して、
胸がワクワクした。

むろん、その足で托鉢に出たのは言うまでもない。


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携帯のベルが鳴った。
ツーコールで出る。
枕元の時計は、午前1時を指している。
「仕事ですか」
社長からの電話にそう応答した。
この時間に仕事以外の電話はあるまい。

ネクタイを締め、仕事モードに切り替わる。
カバンを持ち会社に向かう。
行き先は福岡市内の病院。
同時に駆けつけてきた、T先輩と霊寝車に乗り込む。

斎場へお連れしたときは、すでに4時を過ぎている。
ご遺体を安置し、枕飾りを整え、お話し合いをし、
各手配を整え、一息入れ朝飯。

各道具をそろえ、役所に手続きに行き、
祭壇を飾り、納棺を案内し、
通夜の準備を済ませ・・・
「フー」と息をついたのが3時過ぎ。
息をついたのだが、事前相談のお客様。

わずかの間、体をやすませ、
夕食の後、通夜にのぞむ。

今日一日を振り返り、
いま、パソコンにむかっています。
長い一日でした。


福岡 まごころ葬儀羅漢

還骨法要でのことでした。
お遺骨が火葬場から戻り、ご住職がお経をあげられた後、
ご法話を頂きました。

私たちは、愛する人を亡くしたとき、深い悲しみにおそわれます。
そして、命について、生きることについて向きあうことになります。
まして、こうしてお遺骨となって還ってきた姿をまのあたりにするのです。

ご住職が、よく通る声で、それでいておだやかに語り始めました。
「先日、お葬儀でのことです。お父様を亡くされた三人の娘さんたちが・・・
ご挨拶の中でこのように語られたのです。
"お父さん、これからも私たちと出逢い続けてください"と。
普通私たちは、どうぞ安らかにとか、天国で幸せになってくださいとか、
定型文にあるような言葉で話します。
でも、この三人の娘さんたちは"出逢い続けてください"と言われたのです」

「こうして遺骨となった姿、これが私たちの"事実"なのです。
亡くなった人は、命をかけてそれを教えているのです。
これは、命懸けのことです。
よく一生懸命にがんばったけど、投げ出すこともあります。
これも、命懸けなのです。」

ご住職のお話は、その語り口と相まって、
その場にいたご遺族にも、後で控えていた私たちスタッフの心にも、
深くしみこんでいきました。

お遺骨が還ってきて、お経をあげていただくことは、
仏教では普遍的なことです。
宗派により呼び方は違いますが、
「真宗」では、「還骨勤行」といわれるそうです。

このように、お葬儀のお世話をさせて頂くことで、
こうしたご法話を聞かせて頂けるのです。
控え室で、着替えをされているご住職に
「いいご法話を聞かせて頂きました。」
と言わずにはおれませんでした。


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いつからか、ファミリーホールの受付に採用された、
「いらっしゃいませ人形」
私が勝手に命名しました。
24時間無休(無給)で勤務している。
「年中無休24時間承ります!」


「これいいですね」
「結構、したんだよ」
社長がどこからか見つけてきたらしい。


このいらっしゃいませ人形、
社長がお客様に接する時の姿勢によく似ている。
私も同じようにお辞儀するのだが、
なにせ体が硬くて、このようにはきまらない。


投稿が済んだら、また勤務につきます。
本日、ホールにてお世話をしています。

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盆提灯ラインナップ


トラックがバックする音がした。
「たぶん、提灯だよ」


「いっぱいあるでしょう」
「6個口です」
「提灯ば、どんどん売らんばいかんですね」
そう言って伝票を渡すと、
運送屋さんはニッコリ笑った。


「写真撮りしますか」
「やろうか」
早速、にわかのスタジオをつくり、
(即、動くのが我が社のモットー)
提灯を組み立て、
カタログ作りのための写真を撮る。


「やっぱり、新品はいいですね」
「いいね」
「これは何?」
「これは玉香炉っていうんだよ」
「昔、"人生こうろう"って漫才師がいたよね」
「そんなオヤジギャグ、だれも聞いてないって」
ー玉香炉は"行灯・銘木総桜12号絹二重絵"に下がっている房の上部の部分です。
この提灯には"お香"がついていて、玉香炉のなかにいれますー


「このきらめき、すばらしい!」
「そのバブル灯、"煌"(きらめき)っていうんですよ」
「ほんと、知らなかった」
「"名は体を表す"とはこのことだね」


写真撮りが済むと、
あとは、パワーポイントを駆使して
「提灯カタログ」が出来上がります。


追伸(っていうかな?)
今日はセリフ中心で、情景描写に挑戦してみました。
提灯は、本場八女市から届きました。


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盆提灯ー天然銘木総黒檀、行灯


提灯の本場、八女をご存じの方は多いと思います。
この提灯は、八女伝統の匠の技がこめられた逸品です。
葬儀社にとっては、これからお盆まで
だんだんと忙しい時期に入ります。


いよいよ、初盆へむけての営業が始まります。
盆祭壇、盆提灯、返礼品、精霊船など・・・
カタログも、まもなく出揃います。


さあ、今年も頑張るぞ。エイエイオー!
では、行ってまいります。

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新斎場「二丈ファミリーホール」です。


「takさん、これみといて」
ホームページからプリントアウトしたものを、
先月末、社長から手渡された。
「おおっ」

いい葬儀と、いい葬儀社選びをするためのサポート・サイト
「いい葬儀com」に紹介された羅漢のページだった。
"「托鉢」でお客様の心に寄りそう"
さすがプロの表現はうまいもんだなあ。

「羅漢さんの托鉢日記」は、
先月すでに、羅漢のホームページにリンクがはられていた。
(超いそがしいのに社長が更新していたーありがとうございます)

超はつかないが、私も何とかしなくては。
試行錯誤しながら、リンクのはりかたをいろいろやってみたが、
悪戦苦闘。(なにせ、アナログ世代をかたくなに生きてきたもんで・・・)
"検索リンク"というのがあるな。(これかいな)
やったぞ!

どうにか、リンクをはることが出来て、
羅漢のホームページにとんでみると、
なんと、スポンサーリンクの次に
冒頭のe-sogi.comの、"羅漢:今月のいい葬儀"と表示された。
そこから羅漢のページにとべたけど、(これでいいのかいな?)
しかし、いい葬儀・・・がでてきたことは本当にありがたかった。

まさに、「中高年のためのパソコン教室」状態。
パソコンもわずかながら、日々成長しておりますので、
長い目でみてください。


福岡 まごころ葬儀羅漢

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もしも、想い出の場所でお別れができるとしたら、
そんな発想から生まれたのが、
こちらの移動式斎場、セレモニーカーです。
九州では唯一、我が社だけのものです。

導入してから四年、
利用して頂いた喪家様には
たいへん満足いただいています。

「一体どんな仕組みになっているの?」
「こんなふうに側面の扉が倒れて、部屋がせり出してくるんですよ。」
「へえー、」
「これが祭壇ですよ」
「うわー、」
セレモニーカーを説明するときの会話はこうなる。

この時は、当社の敷地内で"密葬"でした。
私の携帯におさめたものです。
当社のホームページで詳しく紹介しています。
是非、ご覧になってください。

福岡 まごころ葬儀 羅漢

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何でお葬式するの?(1/18)で少しふれました。
"家族葬"について考えてみます。
情報化の時代、この言葉はすぐに定着したが、
ひとり歩きしているようにも思える。

家族葬を要望する人が増えたのか、
あるいは、それに対応しようと業界側が発信するのか、
ホームページを開けば、"家族葬"のことが公開されている。
メリット、デメリット、その定義、そしてそのプラン、などなど。

家族葬のいいところ、注意しなければならないこと、
それぞれにありますが、
一番大切なことは、"意志(遺志)をつらぬけるか"にあります。

私たちがお世話させていただいたお葬儀でも、
お悔やみにみえる方や、親戚の意見に押され、
従来と同じ葬儀になるケースがよくあります。

私たちも、家族葬を希望なさる方に対し、慎重にアドバイスさせていただいています。
喪家様のご意向を尊重しつつ、注意すべきことがらなど提示しています。
そして、ご意向にそうように
家族葬にて執り行う旨の案内板を出したり、
お参りしたかった方への配慮として、
式後に挨拶状を送るようにしたり。

そんな中、見事に遂行された方がおられました。
玄関先で、お悔やみに見えた方お一人お一人に対応され、
自分の意志、故人の遺志を丁寧に、
しかし、きっぱりと。

後日談があります。
その方は、葬儀後に挨拶状を出され、
のちには、(忌明けの頃)お別れ会をされました。

福岡 まごころ葬儀羅漢

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今日は、先日私が担当させていただいたお葬儀の祭壇を掲載してみました。
これは、自宅葬儀の「花祭壇」です。
祭壇飾りが終わった時点で、デジカメにおさめました。
これから、納棺、お通夜の準備と続きます。

葬儀社によって違いがあると思いますが、
依頼があって病院などにお迎えにあがってから、
ご遺体を自宅へ安置し、枕飾り、枕経、お話合い、
(ここで、喪家様のご意向を伺い、一番ご意向に適したプランを提案します)
それから、式場設営、供養品などの手配、諸手続き、案内板等の準備、
納棺、お通夜の準備、お通夜のお世話、・・・
翌日、葬儀の準備(受付、焼香、音響などがあります)
葬儀式のサポート(司会進行等)ご出棺から火葬場へ随行、火葬場でのお世話、
ときには、ご自宅まで随行し、環骨の法事の準備をサポートすることもある)
そして翌日、ご挨拶に伺い、お線香をあげさせていただく。
(この時、その後の手続きなどのアドバイスをさせていただく)

私の会社では、これら一連の仕事を担当者が引き受ける。
(私はこれを、"責任施工"とひそかによんでいる)

喪家様から、感謝の言葉をいただいたとき、
担当者冥利につきるときです。


自宅葬儀の羅漢

電話のベルが鳴った。
「ハイ、ありますよ」
社長が対応している。
どうやら灯籠の注文らしい。

名札を打ち出し、喪家様へ配達の準備。
「一緒に行こうか」と社長から声がかかる。
新年に入り、まだ遠方にでていなかったので、
待ってましたと車を回した。

行き先は西区(福岡市)宮浦。
桜井(志摩町)から西浦経由で車を走らせた。
「ところで家は知っとおとですか?」
「いや、知らんよ」
「方向看板が出とうと思たけん」(なんと!)

宮浦を通おりすぎたあたりでUターン。
会社に電話して聞いてみると社長。
車を寄せるつもりで、県道から右折して脇道に入った。
「脇道に入りすぎるとわらなくなるよ・・」
県道に戻そうとしたその時、
目の前に花輪がズラリ。(偶然の一致その1)

帰路、忌明けを迎える喪家様の話をしながら帰る。
会社に着くと同時に、その喪家様がドアの前に。
忌明け法要のギフトを頼んでいただいた。(その2)

こんな事が時々ある。

今、紅白を聴きながら
パソコンに向かっています。
こうして紅白を見られるのは、何年ぶりだろう。

葬儀の仕事に携わるようになって
もう10年近くになる。
サービス業とは程遠い仕事をしていた頃を思えば、
ずいぶん生活環境が違っている。

ある同僚は言っていた。
「究極のサービス業だと思うよ。」
この仕事に就いた頃、
彼と飲みながら、語り合ったものだ。
彼のプロ意識にふれ、
まだ、彼の補佐をしていた私もまた、
プロの葬祭ディレクターをめざした。
今、彼を超し得ただろうか?
3年前、彼は若くしてこの世を去った。

いろんな事があった。
父も母ももういない。
友の葬儀にも参列した。
友の葬儀のお世話(担当)もした。
数日の間ではあるが、
ご縁があって多くの方のお世話もさせて頂いた。
無くしたものもあったが、
得るものも多くあった。
親しい人との別れもあったが、
人生の師との出会いがあった。

この月の20日、58歳になった。
体はいたって健康。
いつかの托鉢で、お客様と話したことがあった。
「今は自分のことで精一杯ですけど、もしも長生きすることが出来たなら、
今度は人のために生きれたらと思います。」

今、"千の風になって"が流れています。
12月31日。
2007年もあとわずかで終わります。
多くの皆様にお世話になりました。
"おかげさまで"
自然と手を合わせることが出来るようになれました。

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数日前のことです。
托鉢に出ようとしていたら、
招集がかかった。
「滝の観音(唐津市)にいくよ。」


招集を下した車は、すでにいない。
すぐに、掃除道具をマイカーに積み込み、
三人で先発の車を追いかける。
時は金なり。360円
上の道を走ることにした。


浜玉有料道路を下り、
202号線を逸れ、
原入口から半田の方へ山を登っていく。


掃除道具を担げ、観音様の前へ。
先発隊は下の道だったのか!
手を合わせ、先に取りかかる。
すごい落ち葉の数だ。
私は、"十三仏"様の落ち葉を取り払い、
仏具を整え、掃除を終えた。
総勢六人のそうじやさんは
晴れ晴れとした顔で、帰路についた。
(おかげさまで、こころの掃除ができました。)

もうあの日から、数十年が過ぎた。
若かった私も、親父の年に近づこうとしている。
共に酒を酌み交わすのが、共通の夢だった。
果たすことなく、親父は逝った。
               
母が、お悔やみに来る人たちの対応におわれていた。
東京から駆けつけたとき、
ジャンバー姿で立ち振る舞う、葬儀屋さんがいた。

親父の遺影を抱き、火葬場へ向かった。
まだ、涙は出なかった。
火葬場の人が、私に点火を促した。
嗚咽がこみ上げ、どうすることもできなかった。

そして今、あの日風景の中にいた、葬儀屋さんを
私はしている。

誰もが一度は、たたずむ風景の中に、
出過ぎることなく、臆することなく、
感謝の心を忘れることなく、
この仕事を続けていこうと思っている。       

ベルが鳴った。
目が覚めた。
受話器を取る間もなく切れた。
枕元の携帯は、23:20を表示している。

こんな時間の電話は、
依頼の電話がほとんどである。
しばらく電気をつけたまま、
再度のベルを待つが、これきりだった。
・・・ワン切りか。

葬儀屋さんの身体は、
夜中のベルに、すぐ反応するようにできている。
ベルの音で、すぐに仕事モードに切り替わる。
眠れないじゃないですか。
ワン切りはないでしょう。

しかし、これもよくある事。
さて、再度床に入り、眠るしかあるまい。
本日、当直なり。

追伸(って、正しい表現?)

私にジンクスがあって、(これは正しくない表現でしょう)
こんな次の日は、仕事の依頼がよくある。
翌日、托鉢中に一報が入り、
私の担当となり、葬儀に集中していました。

再度、課題が出た。
生、老、病、死、でナレーションを作りなさい。

ウーン、難題だな。
それを知ってか、
お釈迦様が説かれたお経を、
わかりやすく解説した冊子が配られた。

うかんできたか言葉を書き出しては、文章を組み立てる。
そんな作業を繰り返し、冒頭の部分は、「方丈記」を引用し、
締めの部分は、ナレーション集を参考にしながら、
完成!。

行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて
ひさしくとどまりたるためしなし。

人は生まれ、やがて老い、病を得て、死に帰する。
すべての生あるものの、無常に思いをいたすとき、
人は、人生の重さと、この世に生を受けたことの重さに気がつきます。
そして、私たちを在らしめてくださる、仏さまとの「ご縁」に、
感謝の心がめばえてまいります。

生あるものの滅する時、人は深い悲しみにおそわれます。
その悲しみと向き合い、みつめることを、
お釈迦様は教えて下さいました。
「死に帰する」とは、すべてのとらられからとき放たれ、
さまたげるものの何ひとつない、
仏の世界へ帰することと信じます。

ひとたびは、涅槃の雲に入りぬ共、月はまどかに夜を照らすなり。
わたしたちはもう再び、故人様と言葉を交わすかとはできません。
けれども、雲間に隠れた月が、ふたたび夜をてらすように
必ずや、彼の地から、最愛のご家族の皆様の、なりわい、行く末を照らされ、
見守って下さるものと信じます。

なごりつきせど、世の我ら一同、ここに集い、
哀悼の誠を捧げ、永久の別れを致します。

以上をもちまして・・・

課題がでた。
「愛別離苦」をテーマにして、ナレーションを作りなさい。

愛する者と別れる苦しみ。
お釈迦様が説かれた、「四苦八苦」のひとつである。
生、老、病、死の四苦と、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦の四苦を併せて、四苦八苦という。(能書きはいい)

スタッフ一同、頭を抱えながら、テーマにとりくんだ。

「出来た!」
私の「愛別離苦」を以下に紹介してみます。


人は生まれ、人と出会い、人を愛し、
共に生きる人生に、夢を描きます。
そして、その途路で、不意に訪れる人生の不条理に立ちつくします。

愛する者と別れるとき、
人は深い悲しみにおそわれます。
その悲しみの深さを埋めるすべを、私たちは知りません。
けれども、その悲しみと向き合い、見つめ、強く生き抜くことを、
お釈迦様は説いてくださいました。

「愛別離苦」 人生の不条理に立ち向かうとき、
人は涙をふり絞って立ち上がります。
そして、この世の生まれ、生きていくことの意味を問い始めます。

今はただ、あなたと共に過ごした思い出と、
あなたが、命をかけて教えてくださったことをかみしめ、
限りなき感謝の想いをこめて、
永遠のお別れを致します。


本来、ナレーションは、
故人様の性別、年齢、亡くなられた経緯などによって、
内容もかわってきます。
また、故人様の経歴やお人柄、思い出話やエピソードなどを、
ご家族の方に伺うことが出来れば、
より、その方にふさわしいナレーションにすることができます。

今日は、司会者の講釈でした。

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