[2010-03-31]
托鉢日記ー怪我の功名(怡土・高来寺にて)
一昨日のこと。
初盆営業で二丈から怡土方面へでかけた。
会えなかったり会えたりしながら、
井田のお客様のお宅を辞して帰路についた。(そろそろ昼どきなので)
いつもなら井田交差点に出て、有田、富を経て真方からバイパスに乗り社に戻るのだが、
なにを血迷ったか、染井の方に走っているではないか。
しょうがない。飯氏まで出て、高速の下を走るとしよう。
染井を左折したとき、
「そうか、高来寺のあのお宅に寄ってみよう」と思った。
高来寺は染井のすぐ隣。
初盆をお迎えのお宅が数軒あるが、そのお宅だけが会えずにいた。
なんと、この時間(いつもいない)玄関横に人がいるではないか!
「こんにちは。○○様ですか?」
「はい」
そんなわけで、数十分会話がすすみ、
一変して、有力な見込客になったようだ。
さて、高来寺といえば、
その昔、
蒙古襲来の"文永の役"から七年後の弘安三年(1281)
蒙古軍は高麗(朝鮮)軍をふくむ兵力十四万という大軍で再び襲ってきた。
この時も、またもや台風(神風)によって日本は救われた。
戦の済んだ今津海岸から糸島水道一帯は敵味方もわからない死体の山であった。
この戦の功績により、太宰大監に任じられた原田種房は
この死体の山を怡土に持ち帰り、一寺を建て敵味方の区別なくこの霊を弔った。
これを高麗寺と呼ぶ。
この地が「高来寺」というのはこの由来だろうか。
カテゴリ 托鉢日記
あなたの心に最高の感動葬儀を。「まごころ葬儀 福岡 羅漢」
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