托鉢ブログ

映画、"おくりびと"の原作「納棺夫日記」

主演の本木雅弘さんが、
この本に感動して、映画「おくりびと」が生まれたそうです。
長年あたためて、ついに昨年世に送り出されました。


私も十年程前、この本に出会いました。(文春文庫)
ちょうど、葬儀の仕事に就いた頃でした。


映画をきっかけに読み返してみると、
当時とはまた違った感慨がありました。


この「納棺夫日記」という本は、
昭和四十八年、著者の青木新門さんが、
葬儀社に勤めだした時から書き始めた日記から生まれました。


ちなみに、「納棺」という言葉はありますが、
「納棺夫」という言葉は辞書には載っていません。
作品中にそのくだりが書かれています。
―とうとう納棺夫にされてしまった。―


この作品は三章からなり、
一, 二章は仕事での出来事がつづられており、
なかでも、感動的な場面(私のなかで)はいつかの「納棺夫日記」で紹介しました。
今回読み返してみると、「第三章 ひかりといのち」には、
宝石のような言葉がいたるところにちりばめられている。
親鸞聖人から宮沢賢治、量子物理学、ニュートリノなどにまで話は及んでいる。


青木新門さんは「仏は不可思議光如来なり、如来は光なり」を体得された方なのだと思う。


いくつか紹介してみます。


親鸞がこの<ひかり>を不可思議光と名づけた通り、この光に出会うと不思議な現象が起きる。
まず生への執着がなくなり、同時に死への恐怖もなくなり、安らかな清らかな気持ちになり、
すべてを許す心になり、あらゆるものへ感謝の気持ちがあふれ出る状態となる。
この光に出会うと、おのずからそうなるのである。
そして、真宗の坊守さんの詩が紹介されていた。


何も思い残すことはない
もう充分
啓介も・・・大介も・・・慎介も・・・
マミも・・・あなたも
みんな南無阿弥陀仏
今度は、南無阿弥陀仏の諸仏になって
あなた方を育てましょう
 私は
私は真弥の南無阿弥陀仏になります
私は啓介の南無阿弥陀仏になります
私は大介の南無阿弥陀仏になります
私は慎介の南無阿弥陀仏になります
私は真吾さんの
南無阿弥陀仏になります
 ・・・・・・・・・・
門徒の方有縁の方々の
南無阿弥陀仏になります
思い出したら
南無阿弥陀仏と呼んでください
私はいつもあなた方に南無しています

             鈴木章子著
            『癌告知のあとでー私の如是我聞』
                      探求社刊より


こんな一節があった。
末期患者には、激励は酷で、善意は悲しい、説法も言葉もいらない。
きれいな青空のような瞳をした、すきとおった風のような人が、側にいるだけでいい。

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あなたの心に最高の感動葬儀を。 「まごころ葬儀 福岡 羅漢」


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