托鉢ブログ

神功皇后の足跡(七)

58288767db51997a415dd3bac8a3fb81[1].jpg 

八反田(前原市川付)の交差点より前原富士線を南に車で七~八分登ると、
白糸の集落につく。ここに神功皇后ゆかりの熊野神社がある。
ここはかなりの高地であり、近くには有名な白糸の滝がある。
今日長野(八反田周辺)を托鉢したその足で、
白糸まで走り懇意にしているお客様を久々に訪ねた。


 神功皇后一行が飯原(前原市)の里で一夜を過ごされたことはすでに書いた。
香椎(福岡市東区)の陣中で亡くなられた仲哀天皇の遺骨をうずめた川付の森は
すぐ目の前にあるが、皇后は心の中で対面されただけで、(このことはまだ秘密にされていた)
すぐに長野川に沿って小蔵(白糸の集落)に向かわれた。
小蔵に登られた皇后一行は、熊野神社で祈りをこめたあと、
さらに峰から峰へと一貴山(二丈町)にくだり、
ついで西にそびえる福吉の浮岳へと駒をすすめられた。
その浮岳は、玄海をゆく船の目印である。
壱岐、対馬を眼下に見下ろしながら、こんどは山麓の道を、
いったん加布里(前原市)の東村まで引き返し、
ここの鷹峰(たかみね)から船で糸島水道(現在では陸地となっている)を東へ向かわれた。


 三韓(新羅)を征伐するはずの皇后一行がなぜ、
糸島水道を東へ向かわれたのだろうか。
いうまでもなく、朝倉郡秋月の羽白熊鷲(はしろくまわし)を討つためである。
(飯原の里で皇后の夢まくらにたたれた日本武尊の示唆に従われたのである)


 皇后はそれから秋月の羽白熊鷲をほろぼして亡夫の仇を討ち、
更に、筑後―佐賀―長崎県下をまわって軍勢をあつめ、
その年の九月に、姪浜(西区)の妙見崎からいよいよ三韓に向かわれることになるのである。


カテゴリ 神功皇后の足跡(完結)  2008/4/18 公開

トラックバック (0)

http://www.rakan-fuk.co.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/539

コメントを投稿

承認されるまではコメントは表示されません。




このページのトップへ