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葬儀後の法事、法要について(2)―十三仏と法要―

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普通私達は「法事」といいますが、厳密にはご住職にお経をあげて頂くことを「法要」といい、
法要と、その後の会食などを含めた行事全般を法事といいます。
元来、法要とは亡くなった人を供養するという意味の仏教用語で、追善供養ともいいます。
仏教では自分のつんだ功徳を他の人に振り向けることを、回向(えこう)といいますが、
追善供養とはこの回向の意味合いが深いようです。
つまり、残された遺族が、故人が成仏できるように、期日ごとに供養するわけです。
では何故、初七日、四十九日、一周忌などと
その期日に法要をするのでしょうか。


以下、『葬儀概論』から紹介してみます。
死者は七日ごと、百ヵ日、一周忌、三回忌に十王の審判を受けるが、遺族の追善供養の力により
地獄に落ちることを免れるという十王信仰が日本で広まったのは十一世紀以降のことといわれます。
これは十世紀頃中国で作られた『十王経』の影響をうけたもので、そこから閻魔王(えんまおう・・嘘をつくと舌を抜かれるといわれるあの閻魔様のことです)
が死語の世界の支配者、審判官であるとの信仰と道教が混じり合った十王信仰が生まれたと言われます。
初七日―秦広王(しんこうおう)本地・不動明王(ふどうみょうおう)
―本地とはおおもとの仏、守護仏―の審判を受け行方の定まらない者は三途の川(さんづのかわ)
をわたり、
二七日―初江王(しょこうおう)本地・釈迦如来(しゃかにょらい)の審判を受け、ここでも行方の定まらないと、順に
三七日―宋帝王(そうていおう)本地・文殊菩薩(もんじゅぼさつ)
四七日―五官王(ごかんおう)本地・普賢菩薩(ふげんぼさつ)
五七日―閻魔王(えんまおう)本地・地蔵菩薩(じぞうぼさつ)
六七日―変成王(へんじょうおう)本地・弥勒菩薩(みろくぼさつ)
七七日―泰山王(たいざんおう)本地・薬師如来(やくしにょらい)
の審判を受けます。この王の下で、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六道のいずれかが決定されるので、四十九日の追善供養は 特に懇ろに行う必要があるとされます。ここでも行方が定まらないと
百ヵ日―平等王(びょうどうおう)本地・観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)ここでも定まらないと、
一周忌―都市王(としおう)本地・勢至菩薩(せいしぼさつ)の下に行くとされますが、これはひとえに遺族の追善供養のおかげで、一周忌の功徳により、
三回忌―五道転輪王(ごどうてんりんおう)本地・阿弥陀如来(あみだにょらい)に送られます。
そして充分に追善供養すれば成仏できるとしています。
これに加え十二世紀から十四世紀にかけて七回忌,十三回忌、三十三回忌が一般化するようになり
ました。
七回忌―阿しゅく如来
十三回忌―大日如来(だいにちにょらい)
三十三回忌―虚空蔵(こくうぞう)菩薩(ぼさつ)
以上が十三仏事と十三仏との関係です。
ちなみに、祥月命日、月命日が一般化したのは十五世紀といわれます。

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