托鉢ブログ

百千萬劫難遭遇(ひゃくせんまんごうなんそうぐう)

お経を唱える前にあげる言葉がある。
『開経偈』(かいきょうげ)という。―偈とは詩と解してよい思う―
無上甚深微妙法 百千萬劫難遭遇 我今見聞得受持 願解如来真実義
むじょうじんじんみみょうほう ひゃくせんまんごうなんそうぐう
がこんけんもんとくじゅじ がんけにょらいしんじつぎ
と読む。
読み下すと、
無上甚深微妙の法は、百千萬劫にもあい合うことかたし。
我れ今見聞し受持することを得たり。
願わくば如来の真実義を解したてまつらん。
となる。
―劫とは、甚だ永い時間(宇宙規模の)を言う―


「百千萬劫難遭遇たい」
師はそう言われた。
「この門をくぐっても遇うとるとは言えん」
「百千萬劫難遭遇、簡単にそう言うが、その深さが解っとらん」
「この頃やっと、この縁に出会えたことをありがたいと思えるようになりました」
「どんなことにでも、(どんな目に遭うても)ありがたいと思えるようじゃないといけない」
「感謝がわかるには、すべての執われがとれてしまわんと」
薄皮を剥ぐように、幾重にも重なった私の執われを、
師は根気よくとってくださっている。
(薄皮が剥がれるとき、必ず苦しみを伴う。このことを感謝できなかったのでした)
すべてのことに感謝できるときが、如来の真実義を解したときかもしれない。


この上ない深い深い妙なる仏法に遇うことは百千萬劫難遭遇なのである。


カテゴリ 師の教え

トラックバック (0)

http://www.rakan-fuk.co.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/645

コメントを投稿

承認されるまではコメントは表示されません。




このページのトップへ