[2008-05-09]
電柱でござる。
たぶん、誰もが見たことがあるはずである。
→「○○家」。
私たちは、これを方向看板と呼んでいます。
これも、地域により、葬儀社により様式(デザイン)がちがいます。
福岡市内に行くと、かなりシンプルです。
サイズも小さめです。
それこそ、→「○○家」だけです。(地域性が看板にあらわれます)
さて、我が糸島(前原、志摩町、二丈町)はと言うと、
かなり詳細に表示されます。
故人様の名前、喪家様名、地区名、通夜日時、葬儀日時、(しかも開式時、出館時)
通夜と葬儀の式場名、そして葬儀社名(私共がしております。というわけです)
それもどの方向から来ても、かならず、葬儀式場にたどり着くように何枚も何枚も。
つまり、参列者が多いのです。
まず、"方向看板を立てる"ことが優先されます。
ほとんどの町内で、訃報案内がスピーカーから流れます。
親しい人に訃報の電話をするとともに、町内会長へも知らせます。
私たちが故人様をご自宅にお連れするころには、
すでに、町内の方が居られることもあります。
葬儀も様変わりしてきてはいるものの、(たとえば、家族葬のように)
昔ながらの地域性もまた、色濃く残っているようです。
さて、タイトルからだんだん、はずれていっているようです。
"電柱でござる"でござろう。
くだんの「方向看板」、いつも電柱にへばりついているが、
すこしは、感謝しとるんかい!
"でんちゅうでござるー"
(暗黙の了解という、ありがたい不文律のおかげです)
カテゴリ ちょっとためになる話
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