「忍の一字」の教え
「和え物(あえもの)っていうやろ」
唐突に師が言われた。
「あの、豆腐とかのですか」
「ん辛い、甘いの・・」
「珍味と言うやろ」
「・・はい」
「珍味はつらい目にあわんと味わえん」
「つらい目におうて、はじめて感謝が解る」
「そのへんのことが少しは解ってきたか」
「はい」
菩薩が修める徳目に"六波羅蜜"というのがある。
菩薩とは、菩提薩唾(サンスクリット語のbodhisattveの音写)を略した言い方で、
(略したほうが通っている)悟りを求める人という意味である。
波羅蜜とはサンスクリット語のparamitaの音写で"到彼岸"、
六波羅蜜とはつまり、悟りに到る(到彼岸)ための六つの実践徳目ということになる。
布施(ふせ)持戒(じかい)忍辱(にんにく)精進(しょうじん)禅定(ぜんじょう)智慧(ちえ)
の六つである。3番目の忍辱、たえ忍ぶこと。
「忍耐に勝る修行は無し」という。
忍とは、いつ刃が落ちてくるかわからないこと。
「苦労と貧乏は買ってでもせよ」
師からいただいた言葉である。
法華経(妙法蓮華経)にこの忍辱の行をつらぬいた菩薩の話がある。
妙法蓮華経常不軽菩薩品第二十(品第二十とは、第二十章という意味)
菩薩あり、この菩薩、町に出ては、
すべての人には仏性(仏になる可能性)がある」という信念のもと、
「我れ、深く汝らを敬い軽んぜず」と言って、礼拝したが、
四衆(僧俗男女)はこれを気味悪がって悪口罵詈(あっくめり)し、
杖や枝、瓦石をもって彼を迫害した。
この菩薩は自身が誹謗迫害されても、
遠くからやはり、「我れ、深く汝らを敬い軽んぜず」と言っては礼拝するのであった。
やがて人は、常に軽んぜずと言う菩薩を「常不軽菩薩」と呼ぶようになった。
この菩薩こそ、お釈迦様の前世の姿といわれている。
つらい目にあって、身にしみてわかることがある。
苦しい目にあって、本当の感謝がわかる。
本当のことがわかったときの味わいを
「和え物」といい「珍味」というのだろうか。
福岡 初盆のことならまごころ葬儀羅漢
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