納棺夫日記
![6fba69059fb701bce3ab172205360299[1].jpg](http://www.rakan-fuk.co.jp/blog/photo/6fba69059fb701bce3ab172205360299%5B1%5D.jpg)
ここに一冊の本がある。
葬儀の仕事をするようになって程ない頃、
佐世保の本屋さんで見つけた。(文庫本)
写真の本は、2006年に「定本」として再販されたものである。
たぶん、この仕事をしていなかったら目に止まらなかったはずである。
著者の青木新門さんが、湯潅・納棺の仕事をされていた、
昭和40年代の頃のことが書かれてある。
当時はまだ、この仕事の社会的地位は低く、
むしろ、蔑まれていた時代である。
最近、取引先の担当の方から聞いたのだが、
この春、本木雅弘主演で映画化されるらしい。
「おくりびと」という題名で、
広末涼子、山崎努らが共演する。
観てみたい。
「納棺」、ご存じだろうか。
亡くなられた方を、柩に納める儀式のことである。
私も、ずいぶん多くの方の「納棺」をさせて頂いた。
この本でも書かれているが、
緊張感で、慣れない頃は汗びっしょりになった。
私はこの「納棺」という儀式に重きを置いている。
故人様とご遺族の皆様が実際にふれあえる唯一の時だからである。
普遍的な言い方をすれば(宗旨、宗派により違いがある)
亡くなられた人は、49日かけて浄土へ旅立つ。
その際、白装束を身にまとい、三途の川の渡し賃として六文銭を懐にして・・・
私たちは"旅支度"として、ご遺族の皆様へ案内し、
ご遺族の皆様の手で、旅支度をしていただく。
少しこの本を紹介してみます
*
久しぶりに、湯潅・納棺の仕事が入った。今日の家は、行き先の略図を手渡された時は気づかなかったのだが、その家に通じる道に入ったところでハッと思った。その家から見えないはなれたところで車を止めた。
東京から富山に戻り最初に付き合っていた恋人の家であった。
十年経っていた。瞳の潤んだ娘だった。コンサートや美術展など一緒によく行った。
父がうるさいからと午後十時には、この家まで度々送ってきたものだった。別れ際にキスしようとすると、父に会ってくれたら、と言って拒絶したこともあった。高校時代から恋人ができたら必ず紹介すると父と約束したのだと言った。彼女はその父との約束を頑なに守ろうとしていた。だからそれからも、
父に合ってくれと何回か誘われたが、結局合うことなく終わってしまった。
しかし、醜い別れ方ではなかった。横浜に嫁いだと風の便りに聞いていた。
玄関の前を行ったり来たりしながらこのまま逃げ帰ろうかと思ったが、まだ横浜から来ていないかもしれないと思い、意を決して入っていった。
本人は見あたらなかった。ほっとして湯潅を始めた。もう相当の数をこなし、誰がみてもプロと思うほど手際よくなっていた。しかし汗だけは、最初の時と同様に、死体に向かって作業を始めた途端にでてくる。
額の汗が落ちそうになったので、袖で額を拭こうとした時だった。いつの間に横に座っていたのか、額を拭いてくれるひとがいた。
澄んだ大きな目一杯に涙を溜めた彼女であった。作業が終わるまで横に座って、父親の顔をなでたり、私の顔の汗を拭いたりしていた。
退去するとき、彼女の弟らしい喪主が両手をついて丁寧に礼を言った。その後ろに立ったままの彼女の目が、何かいっぱい語りかけているように思えてならなかった。車に乗ってからも、涙を溜めた驚きの目が脳裏から離れなかった。
あれだけ父に会ってくれと懇願した彼女である。きっとお父さんを愛していたのだろうし、愛されていたのであろう。その父の死の悲しみの中で、その遺体を湯潅する私を見た驚きは,察するに余りある。
しかし、その驚きや涙の奥に、何かがあった。私の横に寄りそうように座って、汗を拭き続けた行為も、普通の次元の行為ではない。彼女の夫も親族もみんな見ている中での行為である。
軽蔑や哀れみや同情など微塵もない、男と女の関係をも超えた、何かを感じた。私の全存在がありのまま丸ごと認められたように思えた。そう思うとうれしくなった。この仕事をこのまま続けていけそうな気がした。
カテゴリ」 ちょっとためになる話
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