[2006-12-02]
神の在わす処
その昔、(390年代)神宮皇后が、朝鮮半島、新羅、百済に赴かれる際、
この地を通られた時に、この地に紫雲がたなびいているのをご覧になり、
この地には、神が在られると言われたことから、
「神在」(かみあり)と呼ばれるようになったと言われています。
境内の案内板にはこうある。
今日は何処に行こうか。
ふらりと行き先を決めずに事務所を後にして、
ここ、神在神社(前原市、神在)に参拝をしている次第です。
入社以来、1年余、
托鉢という名の営業をさせて頂いたが、
この頃少し"かくあるべし"という執われが
とれたような気がしている。
先輩がよく言っていた。
目的地へ車を走らせていて、突然、
「行かないもーん」と言って、
全然、違う処へ行ったりする。
すると、思いがけない出会いがあったりするもんだよ。
今日は、まさにそれである。
なにげなく訪ねた家で、生前予約をうけたり、
先輩が、懇意にしている方に出会ったり、
私の「よく知る人」を、よく知る人に出会ったり、
人との出会いは縁である。
その時のひらめきで動くとき、不思議な出会いがあったりする。
ここは、まさに神の在わすところにちがいない。
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